学部・大学院 教員詳細

松平 勇二
- 職名
- 准教授
- 担当分野
- 宗教人類学、アフリカ地域研究、表象文化論
- 学位
- 博士(文学)
- 研究キーワード
- アフリカ、宗教、ポピュラー音楽、民族音楽、文化人類学
研究内容
これまで、ジンバブエ共和国を中心に南部アフリカで文化人類学の調査研究を実施してきました。南部アフリカはアフリカの中でも特に人種差別の強かった地域です。人種主義との抵抗闘争の中で、音楽はアフリカの人々の武器となりました。私の研究は、アフリカの音楽を主に政治と宗教の視点から検討してきました。研究の一環として幼稚園、小、中学校、高等学校等、あるいは研究者向けのアフリカ音楽ワークショップや講演も実施してきました。 現地社会への貢献として、ジンバブエ共和国では音楽を通じた医療施設の支援やアーティストの支援も実施しています。講演では支援活動の状況や失敗から学んだことについても報告しています。
私はこれまで、南部アフリカの内陸国であるジンバブエを中心に、ボツワナ、南アフリカ、タンザニア、モザンビークなどで、2005年からフィールドワークを実施し、音楽、政治、宗教をテーマに文化人類学的研究をおこなってきた。研究の根本にある問題意識は、人間の命にかかわる儀礼でなぜ音楽が演奏されるのかという課題である。私がジンバブエの研究を始めたきっかけは、大学4年の時、ンビラ(mbira)と呼ばれるジンバブエのラメラフォン(親指ピアノ、カリンバという名前でも知られる)の演奏を学ぶために現地に滞在したことである。現地の著名音楽家サムソン・ブレ(Samson Bvure)に弟子入りして楽器が演奏できるようになると、奏者として治療を目的とした憑依儀礼に招待された。儀礼では西洋医学では回復しなかった病を、ンビラの音楽のなかで神がかりになった治療者が治療していた。このような調査者・儀礼音楽演奏者としての体験から、ラメラフォンの音楽と人の命との密接な関係を知り、音楽を演奏すること、歌うこと、踊ることの根源を知りたいと思うようになった。具体的な研究内容は次の3種類に分類できる。
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ブレ家のみなさんと(2011年セケ地区で撮影)
1.ラメラフォンを中心とした音楽の物質文化分析とバントゥ系民族の移動の歴史探究
ンビラとは木製共鳴板に鋼鉄製の鍵(けん)が22-30本取り付けられたラメラフォンである。楽器の音階は7音音階である。その音楽の特徴は、48音の連続からなる旋律を循環させる循環形式の音楽である。2人の奏者による精緻な合奏と旋律の展開が特徴的である。
ラメラフォンはアフリカ起源の楽器と考えられている。サハラ以南アフリカには多種多様の構造をもったラメラフォンが広く分布している。ラメラフォンの分布にはバントゥ系民族と呼ばれる同一の言語学的特徴をもった集団の拡散の歴史が関係している。これまで民族音楽学者は楽器の構造、名称、歴史言語学などの分野からラメラフォン拡散の研究をおこなってきた。また、比較的近年ラメラフォンが導入されたボツワナ狩猟採集民の社会ではインタビュー調査によってその経緯が明らかにされている。私は、ジンバブエのラメラフォンを中心に楽器の起源に関する口頭伝承や宗教的要素の分析からラメラフォン拡散の歴史を探究している。後に述べる宗教思想においても、儀礼様式や宇宙論にバントゥ系民族における共通点を見出すことができる。今後の研究として、ジンバブエのみならず他の地域のバントゥ系民族との比較研究を進める計画を立てている。-
ジンバブエで演奏されるラメラフォン「ンビラ」(2023年ハラレ市で撮影)
2.ジンバブエにおける音楽と政治と宗教の複合構造
ンビラ奏者として繰り返し憑依儀礼に参加し、資料収集する中で、憑依儀礼がショナ(ジンバブエ最大の民族集団)の社会あるいはジンバブエ社会における政治・宗教の基層文化であることに気づいた。すなわち、ショナ社会では神霊と交わる宗教儀礼が、政治的な役割を担っている。たとえば、病気や干ばつなどの自然災害から人間関係のもつれなど、日常の様々な問題や危機を解決するために憑依儀礼は開催される。そこでは宗教的存在である霊媒師が中心となって問題解決に向けた議論を導く。このように、ショナ社会における憑依儀礼は危機解決を目的とした政治の場となっている。そしてンビラの音楽は儀礼=危機解決のプロセスと一体となって演奏される。したがってショナ社会では音楽と政治と宗教が複合構造をなしているといえる。
このようなジンバブエ社会における政治・宗教の基層文化としての憑依儀礼および音楽文化を顕著に表した事例が、ジンバブエ解放闘争期のポピュラー音楽だった。ジンバブエの前身であるローデシアでは1960~70年代にアフリカ人解放闘争が起こった。その中で、ポピュラー音楽が大きな政治的影響力を持った。なかでもトーマス・マプフーモはショナの祭祀音楽を近代的なバンドスタイルで演奏し、反人種主義を歌ったことで爆発的な人気を得た。その影響力は、歌詞表現だけに由来するのでなく、彼の音楽の基礎にあるショナの憑依儀礼の音楽にもあった。憑依儀礼は日常の様々な問題を議論し解決する場である。ンビラはその儀礼を通じて断続的に演奏される。ンビラ音楽の生み出す熱狂的な雰囲気が憑依の発生を促すかと思えば、穏やかな奏法が霊媒師を囲んだ問題解決のための話し合いを円滑にする。憑依儀礼と一体であるンビラの音楽は、それがたとえ娯楽の場で演奏されたとしても、人々に憑依儀礼を想起させる。ジンバブエにおけるアフリカ人解放闘争は国家レベルの危機解決のプロセスだったといえる。そのプロセスにおいて、ンビラの祭祀音楽をモチーフにしたマプフーモのポピュラー音楽が、政治的影響力を持ったのは当然のことだったといえる。
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葬儀におけるンビラの演奏(2012年セケ地区で撮影)
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音楽ライブのステージでも演奏(調査)を実施してきた(2016年チトゥングィーザ地区で撮影)
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ボツワナのラメラフォン「デング」の奏者たちと(2019年ニュー・カデ村で撮影)
3.ショナ社会の宗教人類学的研究
ンビラの音楽が演奏される最も重要な機会は冠婚葬祭や憑依儀礼である。その音楽を理解するには人々の宇宙論(世界はどのような構造をしていて、人の命や物事はその中でどのような位置づけあるいは存在なのか)を明らかにする必要がある。偶像を崇拝しないショナの社会では、霊媒師に降りる霊との会話や、口頭伝承に登場する霊に関するききとりをもとに、祖霊や精霊の性質や分類を調べる必要がある。ショナの宇宙論をまとめると次のようになる。
この世界は肉体的存在の世界(pasi)と霊的存在の世界(mhepo)に分かれ、それが互いに影響しながら同時に存在している。幸、不幸、生まれながらの性質、自然など、世の中のすべての現象は霊的存在によって支配されている。霊的存在には唯一で全能の神と、人間に最も近い祖霊(祖先の霊)、神と祖霊の中間にある天空霊がある。何か困ったことがあると、人間は最も身近な霊的存在である祖霊に訴える。すると祖霊は天空霊にその訴えを伝え、天空霊が神に願いを届ける。祖霊や天空霊は時に霊媒師を通じて人間と直接会話をし、助言や治療を施す。
このような人と霊的存在の交わりの場において演奏されるのがンビラの音楽である。ではンビラは儀礼においてどのように演奏されているのか、なぜンビラが祭祀楽器に選ばれたのか。これらの点はショナの人々がジンバブエに拠点を築くことになった歴史的経緯などが関連しているが、詳細はまた別の機会に紹介したい。
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霊的存在に感謝するための儀礼「マシャウィ」の1シーン(2016年ハラレ市で撮影)
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水の精および祖霊への語り掛けを録画する(2016年ハラレ市で撮影)
大学での学びについて―アフリカにおける音楽実践から追及する「音楽とは」
人はなぜ歌ったり踊ったりするのか。現在の日本ではほとんどの場合、音楽は娯楽を目的に実践されているように思われる。しかしその娯楽が、人々を勇気づけたり、苦しみから救ってくれたりすることがある。音楽はどうしてこのような力(?)を持っているのか。これまで多くの研究者たちが「音楽とは何か」という果てしない問いに向き合ってきた。私はジンバブエでの憑依儀礼におけるンビラの演奏体験を出発点に、主に宗教、音楽、政治の連関を視点として音楽(国や地域に関係なくすべての音楽文化)と向き合ってきた。
文化人類学の研究にとって一番重要といえるのが、フィールドワーク(現場調査)でありフィールドでの人々とのコミュニケーションである。これから大学に入学される皆さんには、文化人類学、音楽人類学あるいはアフリカ地域研究の知識だけではなく、人々とコミュニケーションをとるすべも学んでいただきたい。フィールドワークの実施に当たっては、当該社会の人々との信頼関係の構築が必須である。私自身は音楽を共に演奏することや、現地アーティストの支援活動を通じて友人を増やし、信頼関係を築いてきた。時には現地の人間関係を混乱させたり、口論に至ってしまったりしたこともある。そのような経験も踏まえて異文化間コミュニケーションの方法を皆さんにお伝えできればと考えている。
アフリカのことだけではなく、広く音楽や宗教あるいはその政治性に興味のある方はぜひ本学にお越しください。フィールドワークや議論を重ねつつ、ともに学んでいきましょう。
参考文献
●松平勇二[2021]「ショナ社会における音楽的才能の霊性―マシャウィ儀礼の事例から」『音楽の未明からの思考―ミュージッキングを超えて』野澤豊一・川瀬慈編、アルテスパブリッシングpp.247-265
●Matsuhira, Y. [2015] “The Mbira and Mudzimu Worship of the Shona” Junzo Kawada (ed.), CULTURES SONORES D’AFRIQUE Ⅵ. pp.77-99, Kanagawa: Université Kanagawa
●松平勇二[2015]「闘争の唄、チムレンガ・ミュージック」『アフリカン・ポップス―文化人類学から見る魅惑の音楽世界』鈴木裕之・川瀬慈編、明石書店、pp.112-139
●松平勇二[2013]『ジンバブエ祭祀音楽の政治・宗教人類学的研究』名古屋大学博士学位申請論文
●Matsuhira Yuji YouTubeチャンネル
Hwesa Masango Live Performance at Chitungwidza 2016
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学生と実施したジンバブエでのフィールドワーク(2023年セケ地区で撮影)
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日本の笛太鼓と舞も調査する(2023年加茂大祭[吉備中央町]で撮影)