【著者紹介】
山根 知子(やまね ともこ)
近代文学担当
宮沢賢治・坪田譲治を中心に、
明治・大正の小説や詩および児童文学を研究しています。
山根 知子(やまね ともこ)
近代文学担当
宮沢賢治・坪田譲治を中心に、
明治・大正の小説や詩および児童文学を研究しています。
井上洋治と坪田譲治―日本人の自然観に根ざしたキリスト教信仰―
本学には、井上洋治文庫(キリスト教文化研究所内)と坪田譲治コレクション(附属図書館内)があります。井上洋治(1927-2014)は作家・遠藤周作の友人として知られるカトリック司祭(神父)で、坪田譲治(1890-1982)は日本児童文学史の礎を築いた岡山出身の作家です。
この二人に直接的な関係はないのですが、この二つの文庫およびコレクションの創設時から関わっている私が二人を研究しているなかで、共鳴する宗教性を見出している点についてお伝えしたいと思います。
この二人に直接的な関係はないのですが、この二つの文庫およびコレクションの創設時から関わっている私が二人を研究しているなかで、共鳴する宗教性を見出している点についてお伝えしたいと思います。
井上洋治文庫
井上洋治神父は、私の大学時代からのキリスト教信仰における恩師です。井上神父は生前、本学の卒業行事であるフッド授与式に、1987、89、90年の3回にわたりミサと講演を行うため来学しています。また、本学のヨゼフホールのエントランス前の中庭にある聖母マリアの石像は、井上神父から寄贈されたものです。
フッド授与式でミサの司式をする井上洋治神父
聖母マリアの石像
井上洋治文庫は、井上神父が遠藤さんとともに、日本人の心にキリスト教を根づかせることを使命として、「洋服を和服に仕立て直す」ように西洋文化に根ざしたキリスト教を日本人に違和感のない信仰へととらえ直していく思索にあたって実際に使用したご本人の蔵書です。芭蕉や良寛をはじめ日本文化についての書も多数あります。それらの蔵書の寄贈により、井上神父のキリスト教思想・神学の研究、遠藤周作の文学作品とキリスト教思想・神学についての研究、さらには日本文化へのキリスト教の文化内開花(インカルチュレーション)の研究等に寄与することを目的に、井上洋治文庫は2016年10月に開設されました。
井上洋治文庫
坪田譲治コレクション
坪田譲治コレクションは、2009年7月に開設し、自筆原稿、書簡、初版本、初出雑誌など、あらゆる収集をしています。
坪田譲治コレクション
それらを確認するなかで私は、譲治の創作の背後にある深い考えを吐露した文章として重視すべきと思う随筆「私の仕事」(『世界』 1955年6月)を見つけることができました。譲治が作家として大成した65歳の頃、自身の作品の背後にある思想を明かした内容です。
この随筆のなかで井上神父と共鳴すると私が感じたのは、譲治が大生命と人間との関係を示す次の表現でした。
例えば人間というものは大きな海の波頭みたい(ママ)ものだ。宇宙には大洋の水のような大生命があつて、それが一瞬上に上つたときに人間という形をし、それが一瞬下に下つたときにもとの水に返る。即ち大生命となるというわけです。
井上洋治と坪田譲治との共鳴
このイメージは、私にとって、まさに井上神父の表現を思い出させるものでした。井上神父は、最初の講演集『人はなぜ生きるか』(1985年12月 講談社)のなかで、次のように表現しています。
私の実感といたしましては、私だって一輪の花だって一頭の馬だって、みんなもっと大きな何かに支えられ生かされているので、それぞれが完結した個体ではなくして、みんな同じ大海にうかんでいる底の抜けた樽みたいなもので、大自然の生命の海にうかんでいるという体感なのです。ですから私にとりましては、愛というのは個体と個体の間にかける橋のようなものではなくて、海の底から吹き上げてくる風であり、みんながその中に浴しているようなものなのです。
井上神父の話には、このように自身の実感が伝わるわかりやすい表現が多くありました。樽には、本来底があって水を個別に保つことができる機能がありますが、底がある状態では「大自然の生命の海」と断絶し、他の樽とも孤立していくこととなります。「底の抜けた樽」は、横からの人間的視点で一見すると、底の塞がれた樽と変わらないように見えるでしょうが、しかし縦からの神の視点で下から見ると、「大自然の生命の海」とつながり水が出入りして開放されています。
また、その出入りする水を「愛」であるとして、その「愛」は、「海の底から吹き上げてくる風」つまり「大自然の生命」がそれぞれの「底の抜けた樽」のなかに吹き上がり生かされていると同時に、皆がその命の大海に浴していることで一体感ある交流を生むことを、井上神父は伝えています。
前掲した譲治の表現には樽という表現はありませんが、海とその波頭という表現で、大生命と個のいのちとの関係を感じている点について共鳴しているといってよいでしょう。
譲治は創作を始めていた22歳の頃、ユニテリアンのキリスト教の教会で洗礼を受けています。随筆「私の仕事」では、キリスト教の洗礼を受けた時、「宇宙自然の中にいのちがあるという考え方」を大切にしたいという思いがあったと述べています。つまり、譲治が絶対的な神を求めた信仰はみずからの自然観と矛盾なく合致するものだったと語り、その後の文学で子どもを描く感覚にも生きてくるのです。
井上神父も譲治も大いなる生命のなかで生かされているという実感には、日本人として違和感のない、自然と人間との関係にもとづくキリスト教信仰において、同質の感覚が見出されます。それは素直な実感にもとづく日本人の信仰の姿を、私たちに伝えてくれます。
・山根知子教授(教員紹介)
・山根知子教授のブログを読んでみよう!
・日本語日本文学科(学科紹介)
・日本語日本文学科(ブログ)
・日文エッセイ
・附属図書館(坪田譲治コレクション)
日本語日本文学科紹介Movieはこちらから