2023年4月に『レディ・ファントムと灰色の夢』(集英社・オレンジ文庫)でデビューした本学日本語日本文学科の卒業生・栢山シキさんは、今年2025年8月に、オレンジ文庫第2作目の小説『いろはに狼』を発表しました。本学の日本語日本文学科の授業「文学創作論」を2年続けて受講し、卒業後も仕事をしながら卒業生創作の会「水鏡会(みかがみかい)」で創作を続けてきたなかで、「縁」について振り返り、創作への思いを語ってくれました。
縁というもの
思えば、縁に生かされてきた人生だった。
だった、と描写するにはまだ若い気がするが、振り返ってみるとそうとしか言えない気がする。
人生で初めて体調を崩すほど悩んだのは、大学受験のときだった。選択肢は多くなかった。自己推薦で通用するような尖った個性もなければ、単純に学力も足りなかった。
迷走を始めたころ、母が清心の授業内容を見せてくれた。この中に興味がある授業があるのなら、清心を受ければいいじゃない、と。もう時効だと思うので書いてしまうが、当時、母は清心で教員をしていた。学部からして違うので私の学生生活に一切影響はなかったが、私はすでに清心と縁があったと言える。
結果として、私は清心以外の大学に全落ちした。もう神さまが清心に行けとおっしゃったとしか思えない。
2. 大学生活~社会人
入学してからも縁は続く。文芸部の友人に勧められて、「文学創作論」の授業を取ったのが三年生の時だ。担当の山根先生は私が所属するゼミの教授でもある。あるとき、山根先生が私の叔父の同級生であることが分かった。私は結構な紆余曲折を経て山根ゼミに拾ってもらった身なので、やっぱり縁に生かされている。
就職してからもやっぱり縁に生かされる。面接の前に偶然上役の人とエレベーターで乗り合わせたり、偶然知り合った他部署の人が母の後輩だったりした。現在の職場の方も、最初の上司は幼稚園のころの私を知っていたし、先輩は高校の同級生のごきょうだいだった。地元から出ていないのも大きいのだろうが、とにかく世間が狭すぎる。
デビューしたオレンジ文庫はというと、実はこれもデビュー前に縁づいた(と勝手に私が思っている)出来事がある。SNSのRTキャンペーンで当選したのだ。つくづく縁が強い人生だ。
3. 畑の中
こういう話をするとき思い出すのが、故渡辺和子先生の「置かれた場所で咲きなさい」という言葉だ。
正直なところ、私はこの言葉に懐疑的だった。新約聖書の種まきのたとえ話を知っていたからだ。
正しい場所にまかれなければ、芽を出せない。道路に落ちれば車に轢かれ、荒野に落ちれば枯れて朽ち、草藪に落ちればほかの植物に邪魔されて生長できない。であれば、もし道路や荒野に置かれたら、咲くどころではない。そう思って渡辺先生の講義のリアクションペーパーで質問したこともあった。
最近になって、このふたつは矛盾しないのだと気づいた。
置かれた場所とは、すなわち畑なのだ。そこは肥料の少ない場所かもしれない。日当たりが悪いかも。水だってもらえないかもしれない。でも、すでにそこは畑で、全然芽が出せないなんてことはない。ここは悪い場所だからといって、拗ねて諦めてしまう必要はない。頑張ってみればいいことがあるかもしれない。清心以外全落ちし、入るつもりだったゼミの教授が異動してしまった私のように。
なお、これは無理にがんばれという話ではない。無理なものはどう頑張っても無理である。
私も最初に入った会社は五年目で退職した。自分では頑張っていたつもりなのだが、どうやっても「もう少し頑張ってね」と言われ続けた結果、頑張り方が分からなくなってしまったのである。縁があったのに芽は出せなかった。
そうと分かれば善は急げだ。種の上を歩くひとがいるような畑にはいられない。芽は出せなくても足はあるのだから、さっさと別の畑に移動しよう。そうして二度ほど転職して、やっと芽を出せる場所に落ち着けた。そのころ、小説のほうでも芽が出た。よいことが重なりすぎてちょっと死ぬかもと思った。
4. なんだかんだ縁
前述の会社に勤めていたころ、小説を書くことはおろか、読むこともできなくなった時期があった。本屋に行くことでHPは回復できるが、スタミナが尽きているので動けない。そんな感じだった。積読がはじまったのはこのころからだ。
何をするにも億劫で、会社と家の往復だけ続けている。そんな時に、友人にとあるライブに誘われて行った。帰るころにはドはまりしていて、めちゃくちゃスタミナが増えていた。友人が繋いでくれた縁のおかけである。久しぶりにオタクとして活動するうち、自分でも書きたい! と強く思う瞬間があった。執筆活動再開のきっかけだった。
わーきゃー楽しくやっていたら、そのうちオリジナルも書きたくなった。いつの間にかHPもMPもスタミナも復活していた。そのタイミングで、私を「文学創作論」に誘ってくれた友人が「水鏡会」にさそってくれた。「水鏡会」とは、授業「文学創作論」を履修した卒業生で構成された、文芸サークルである。詩、ライトノベル、児童文学、大衆文学など、執筆携行は多岐にわたる、懐の深いサークルである。後で友人に聞いたら、ずっと誘うタイミングを探っていたらしい。策士である。
とにもかくにも、私は「水鏡会」で三作書き上げた。一作目は箸にも棒にもかからなかったが、二作目で受賞、三作目が商業誌のたたき台になった。
集英社 オレンジ文庫 ノベル準大賞受賞によるデビュー作。栢山シキ『レディ・ファントムと灰色の夢』(2024年4月 発行)
集英社 オレンジ文庫 第2作。栢山シキ『いろはに狼』(2025年8月 発行)
オリジナルが久しぶりすぎて荒唐無稽になる設定や展開にちょっと待てと言ってくださったのが「水鏡会」のメンバーだ。
特に『いろはに狼』に至る前の作品では、主人公・いろはにこれでもかと設定が盛ってあったのだが「盛りすぎ!」と叱られて減らした経緯がある。それでも持て余した感があるので、初期の設定のまま書き進めていたらどうなっていたか分からない。つい設定を盛りすぎてしまうので、ありがたい忠告だった。
また「水鏡会」のメンバーは各々得意分野をもっているので、「こういう資料、捜してるんですよ」とこぼしたら、すぐさま「こんなのあったよ」と資料がお出しされる。ありがたい。
縁というものは数奇なもので、悪縁もあれば良縁もある。それだけならまだいいが、良縁が悪縁に転じたりもするのだから手に負えない。こちらで管理できるならいいが、縁を結び、種をまくのは紙なのだから、人に関与できるものではないのだろう。そう思っていた方が、たぶん人生気楽である。
せめて今得ている縁を、今いる畑で、大事に育んでいこうと思う。
■【卒業生寄稿】低迷すれど沈むことなく(栢山シキ)|日本語日本文学科
卒業生創作の会「水鏡会(みかがみかい)」とは
■文学創作をめぐる好循環|山根 知子|日文エッセイ103
■文学創作論紹介ページ
■学生の作品紹介|「バット・ヒューマン」(向井地 愛) 文学創作論・ 文集第22集『結び』(2024年度)より
・日本語日本文学科
・日本語日本文学科のブログを読んでみよう!
・活躍する卒業生
日本語日本文学科紹介Movieはこちらから