日本語日本文学科

人間生活学科

2024.12.01

古典学を探って〜黒川文庫本丹鶴叢書『草根集』見つかる〜 | 江草 弥由起 | 日文エッセイ251

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【著者紹介】
江草 弥由起(えぐさ みゆき)
古典文学(中世)担当
中世和歌と歌学の研究。新古今歌壇における物語摂取の在り方、集団の中における歌人のイメージ形成、南朝歌壇、岡山ゆかりの歌人正徹の研究など。本学特殊文庫蔵の黒川家旧蔵資料(歌書関連)を対象に、黒川家の古典学を詳らかにする研究を継続して行なっている。
 
 
 




 

黒川家の古典学を探って
〜黒川文庫本丹鶴叢書『草根集』見つかる〜
 

室町時代の歌僧に正徹(しょうてつ)という人物がいます。小田郡矢掛町小田の小田駅前には正徹の歌碑が置かれ、岡山の地に名を残す文人の一人です。正徹は十四歳の頃には冷泉派の歌会に出席し、冷泉派重鎮の今川了俊に教えを受けました。足利義教将軍の忌諱に触れていたこともあって『新続古今和歌集』には歌が選ばれず、勅撰集の歌人となる名誉は得られませんでしたが、足利義政時代には『源氏物語』の進講を行うなど将軍家から優遇されました。晩年は冷泉派歌人の名士としての地位が確立し、弟子も多く抱え、恵まれた生涯を送ったようです。

その正徹が残した歌を、弟子の正広が編纂したものが『草根集(そうこんしゅう)』です。『草根集』には一万首以上の歌が収められており、これは私家集の中でも非常に規模の大きいものです。さらに同歌集には正徹が永享四年(1432)に草庵を火事で焼かれ二万六七千首の歌を失ったことが記されており、それを考え合わせると正徹は生涯で三万首を超える歌を詠んだということになります。どれほど和歌に専心したのだろうと感嘆するばかりです。

現存する『草根集』は、定数歌と日次詠草を集めた日次本系(ひなみぼんけい)と、歌題により部類された類題本系の2系統に大きく分類されます。『新編国歌大観』(和歌研究に必須の歌集集成)には類題本系のテキストの方が選ばれており、底本にはノートルダム清心女子大学附属図書館特殊文庫が所蔵している『草根集』が用いられているのです。

ノートルダム清心女子大学特殊文庫本『草根集』(黒-C-40)は、本学に収蔵される前は黒川家が所蔵していました。黒川家は国学の家で、残された本には彼らが学んだ足跡が書入という形で残されています。(現代の我々が書籍を使って勉強をするとき、教科書や参考書に書き込みをするようなものです。)ノートルダム清心女子大学特殊文庫本『草根集』には、黒川真道により次のような書き込みがなされています。
 

画像①ノートルダム清心女子大学特殊文庫本『草根集』(黒-C-40)画像①ノートルダム清心女子大学特殊文庫本『草根集』(黒-C-40)

画像②ノートルダム清心女子大学特殊文庫本『草根集』(黒-C-40)画像②ノートルダム清心女子大学特殊文庫本『草根集』(黒-C-40)

上記画像には、以下のことが記されています。傍線部および番号は説明の便宜上、稿者が私に付したものです。

真道云、①此の草根集は丹鶴叢書採収の本とは異本にして、彼は草稿のままを編輯したるもの、これは部類をわかちて編輯したるものなり。されど②この写本も新らしきものにあらざれば、何人か当時ほどなくかくものしたるものなるべし

真道は、この『草根集』は丹鶴叢書(たんかくそうしょ)が採録している本とは別の系統の本であり、丹鶴叢書の方が元の草稿に近く、この『草根集』は部類を分けて(*題で歌を分類すること)編纂したものであること(①)、この『草根集』も新しいものではないので、誰かが本作成立後にさほど間を置かずに記したものであろう(②)との見解を述べています。

まずここから分かるのは、黒川家が所蔵していた『草根集』には丹鶴叢書(日次本)と類題本があり、真道はそれらを見比べてこの識語を記したであろうということです。ですが、本学が所蔵している『草根集』は類題本のみで、真道が目にした丹鶴叢書が、現存する黒川文庫に残されているか否かも分からない状況でした。

その状況の中、昭和五十年に刊行された本学特殊文庫目録の更新のため、目録の改訂作業が進められました。書庫に収められた古典籍を一点一点調査し、旧目録の情報と照合しながら丁寧に情報整理が行われた結果、真道が目にした黒川文庫本丹鶴叢書『草根集』(黒-D-194)が発見されたのです。

画像③ノートルダム清心女子大学特殊文庫蔵黒川文庫本丹鶴叢書『草根集』((黒-D-194)画像③ノートルダム清心女子大学特殊文庫蔵黒川文庫本丹鶴叢書『草根集』((黒-D-194)

画像④ノートルダム清心女子大学特殊文庫蔵黒川文庫本丹鶴叢書『草根集』((黒-D-194)画像④ノートルダム清心女子大学特殊文庫蔵黒川文庫本丹鶴叢書『草根集』((黒-D-194)

黒川文庫本丹鶴叢書『草根集』の情報も含むノートルダム清心女子大学特殊文庫改訂目録は2024年5月に大学附属図書館ホームページ(https://lib.ndsu.ac.jp/collection/special.php)にて公開されました。現代の古典研究により対応できるよう、スプレッドーシートの形式でオンラインでのデータ公開とし、国文学研究資料館の国書データベースにマイクロフィルム画像が保存されている蔵書にはDOI(オブジェクトに直接紐づけられたURL)も目録に掲載し、利便性を向上させています。

書籍は知識の集合体で、書籍が移動するということは知識の流通を意味します。もちろん、手にした書籍を読むか読まないかという選択は手にした人間に委ねられる以上、書籍の所有=書籍の知識の取得とはいきません。いつか読もうと積読にされてしまう書籍だってあります。(積読ですら、所蔵者の興味の範疇を示すという意味では意味のあるものです。)本学が所蔵する黒川文庫本には、黒川家三代が残した書入が様々に確認できます。近世〜近代に生きた国学者一族が古典をどう学んだのかを知ることができる非常に稀有な資料群です。それらに向き合うことは、人が学びを得る営みとはどういう行為であったのか、学びから何を生み出し、自己の見解(=自分)をどのように作っていったのかを探究する行いです。
黒川文庫本丹鶴叢書『草根集』の発見は、黒川家が手にした知識を目にすることができるという感動をもたらすものであったのです。

*本報告はJSPS科研費JP23K00310の助成を受けたものである。