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日本語日本文学科

2023.10.01

読み解く〈タイトル〉/楽しむ〈タイトル〉|長原しのぶ|日文エッセイ240

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日本語日本文学科

日文エッセイ

大学院

【著者紹介】
長原 しのぶ(ながはら しのぶ)
近現代文学担当
近現代文学を対象にした研究を行っている。
太宰治や遠藤周作を含めた近代と現代の作家を
対象にしたキリスト教と文学、戦争と文学、
漫画・映画・アニメと文学などを研究テーマとする。
 
〈横道〉から覗く文学
 
 小説を読む時、作品の〈タイトル〉はどこまで重視するでしょうか。〈タイトル〉よりも「あとがき」や解説が気になるという人もいますが、〈タイトル〉は未読の物語内容を想像する手段であり、新たな作品との出会いをもたらします。〈タイトル〉が全て、とは言いませんが、読者と作品を結び付ける第一歩である〈タイトル〉も含めて物語世界を解きほぐすこと、これもまた楽しみの一つです。
 

 さて、太宰治の小説で一番有名な〈タイトル〉といえば「人間失格」(『展望』1948・6~8)です。もはや四字熟語のように感じてしまう「人間失格」という言葉は作品内にも登場します。

いまに、ここから出ても、自分はやつぱり狂人、いや、廃人といふ刻印を額に打たれる事でせう。
人間、失格。
もはや、自分は、完全に、人間で無くなりました。
(注1)

主人公の葉蔵が「廃人といふ刻印を額に打たれ」た者だと自覚する場面です。この葉蔵の「失格」は何を意味するのか、物語の重要な鍵として多くの考察がなされています。例えば、佐古純一郎氏は「人間」を「人と人との間に生きる」という意味の「じんかん」と読み直し、絶対的な孤独とコミュニケーション不全を指摘します(注2)。また、小林美恵子氏は男性中心社会の時代背景に着目し、「〈強い男の時代〉にあって、葉蔵は「男性」失格、であった」(注3)ことを述べています。いずれにしても、余計な言葉を極限まで削ぎ落した「人間、失格。」という一文は、葉蔵の獲得した心境を色濃く反映したものであり、物語全体を指し示すに相応しい〈タイトル〉へと繋がっています。
 このように、物語を読み解くことがそのまま〈タイトル〉の理解に結びつく作品は多く、太宰の場合だと、「斜陽」(『新潮』1947・7~10)もその一つです。作品内に「斜陽」を直接確認することはできません。しかし、鳥居邦朗氏が主題の一つを「題名そのものに託されている没落への挽歌」(注4)と考察するように、滅び行く家族の悲劇を象徴する言葉であることは容易に読み取れます。つまり、実際に登場するかどうかの違いはあるものの、〈タイトル〉は作品の重要なテーマに関わるものであり、物語をより深く捉える役割を果たし得るのです。
 一方で、〈タイトル〉との関係が見えない作品もあります。例えば、太宰の「花火」(『文藝』1942・10)(注5)です。「斜陽」と同じく、作品内に〈タイトル〉は出て来ません。「花火」は堕落した勝治(長男)に振りまわされる家族の物語であり、1935年11月3日に発生した「日大生殺し事件」(家族間で生じた日本初の保険金殺人事件)が素材となっています。しかし、中心となるのは事件そのものではなく、「作者はただ、次のやうな一少女の不思議な言葉を、読者にお伝へしたかつた」が示す、「兄さんが死んだので、私たちは幸福になりました。」(注6)という節子(長女)の言葉です。従って、節子を軸に読み解くことで物語の解釈は展開されてきました。私もまた、拙論(注7)において、節子の造型に「斜陽」のかず子の萌芽を指摘し、その強さを論じています。
 さて、そのような節子像を考える中で、〈タイトル〉の「花火」はどう関係するのでしょうか。「花火」を字義通りに取れば、「火薬に色火剤・発音剤などを調合し、筒や玉に詰めたもの。また、それに点火したとき、爆発・燃焼して出る光・火花・煙・音など。」(『日本国語大辞典第二版 第十巻』2001・10 小学館)であり、作品内に「花火」を想起させる「光」や「音」、また節子の内面も含めた「花火」的な象徴性を読み解くことはできません。
 ここで、少し別の角度からアプローチしてみたいと思います。太宰は「花火」という言葉が好きだったのか、〈タイトル〉に「花火」を含む作品は他に二つあります。「花火」(『弘前新聞』1929・9)(注8)と「冬の花火」(『展望』1946・6)(注9)です。前者は習作期の作品で、「メーデー日和」を知らせる合図として「花火」が描かれます。マルキシズム的要素の強い作品であり、語り手の僕は「花火」を「不愉快な思ひ出」として話します。後者は季節外れの線香花火が描かれ、揺れ動く主人公数枝の虚無的な内面を「ばかばかしい冬の花火」として表現します。もちろん、「冬の」という季節のズレを前提にしますが、投げやりな数枝の心情を見事に伝える〈タイトル〉となっています。いずれも主要人物の負の感情と結びつくアイテムとして実際の「花火」が登場し、その心情を解明することに繋がるものとして機能します。

 一方で、問題の「花火」はどうでしょうか。唯一実物の描かれない「花火」に対して、両作品のイメージをそのまま重ねることは安易かもしれませんが、太宰にとって「花火」が暗いマイナスの要素を含んでいる点に着目するのは面白いです。〈タイトル〉として作品全体を包み込む「花火」の背後に隠された暗鬱さを見る時、真っ直ぐに前を見据えて「私たちは幸福になりました」と力強く答える節子の言葉は別の意味へと変わります。節子の到達した幸福感とは何か、そこにより深く注視する切っ掛けを〈タイトル〉が与えてくれるかもしれません。
〈タイトル〉から読み解く物語の世界、物語から広がる〈タイトル〉の世界、小説を読む楽しさが何倍にも広がります。
                                                   

1.『太宰治全集10』(1999・1 筑摩書房)に拠る。旧漢字は新漢字に改めた。
2.佐古純一郎『太宰治の文学』(1992・4 朝文社)
3.小林美恵子「『人間失格』の女たち 「人間」葉蔵の語り部たち」(『解釈と鑑賞』2007・11 至文堂)
4.鳥居邦朗「斜陽」(東郷克美・渡部芳紀編『作品論太宰治』1974・6 双文社)
5.戦後、「日の出前」と改題して発表(『薄明』1946・11 新紀元社)されるが、『太宰治全集』(1990年版と1998年版)では「花火」で収載されていることから、今回は「花火」として扱う。
6.『太宰治全集6』(1998・9 筑摩書房)に拠る。旧漢字は新漢字に改めた。
7.長原しのぶ「太宰治「花火」論―〈日大生殺し事件〉作品化の意図―」(『日本文藝研究』第六十八巻特別号 2017・3)
8.『太宰治全集1』(1999・2 筑摩書房)
9.『太宰治全集9』(1998・12 筑摩書房)

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