ノートルダムの風景

人間生活学科

2024.08.16

次のわたしに会いにいく。 つぼみ#06

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じぶんでみつけた場所で、
じぶんだけの花を咲かせようとしている、
10のつぼみの 1000文字のインタビュー。


時を経ないと咲かない花も、
見えないところでじっくりと根を広げ、
目を凝らすと、小さな蕾を結んでいる。
清心のキャンパスに抱かれた、
10の物語に耳を澄ませてみませんか。

「今日はすこし元気ない?」
隣にいる人を見つめるまなざしの向こうに、
未来とか、夢とかが見えてくる。

文学部日本語日本文学科 3年

清心のイメージは、女子大でカトリック、しかもお嬢様学校という、
いろいろな意味で自分からは遠い感じを持っていました。
そんな中で新しい友だちと関係が築けるかについて、期待と不安をもって入学しました。

昔から私は、深い関係というか、何でも話し合えるような関係になるまでが苦手なところがあり、
高校の頃は仲が深くない浅い関係の友だちも結構いました。

だから、大学に入ってからそういう友だちばかり増えたら悲しいな、さびしいな、と思っていました。
でも入学してみたら、お嬢様みたいな人は少ないし、全然ギクシャクもしないし、
すごく気が合う人たちと、そうですね、何でも話せる関係が築けていると思います。

大学では、近代文学の文豪とかに興味があって、日本語日本文学科に入りました。

文豪の推しは、昔も今も、太宰治が好きです。
人間としての弱さみたいなものを描こうとするところが面白いなと思ったのが入口で
「人間失格」を読んでいても、そんなこと思うんだ、とか、ここは私とちょっと違う考え方だな、
みたいなことを思いながら、引き込まれるように読んでました。

「人間失格」の中には、人に嫌われないように自分は道化を演じていた、みたいなことが書いてあって、
そんな、人から嫌われたら終わりだ、一人じゃ生きていけないんだ、という弱さみたいなものが、すごくわかるし、
そこが人としてかわいらしいな、とも思っていました。

清心に入っていちばん変わったことは、人についての視野が広がったことでしょうか。

それまでは「自分から見た世界」しか知らなかったのが、教職をとって介護について学んだりする中で、
立場が変わると見える世界が変わることを知りました。
「こういうフォローが必要なんだ」とか「こういうことを必要としてるんだ」とか、
それまで見えなかった価値観に出会うことができました。

その頃から、今まで以上に周りの人の気持ちを想像とかするようになって。
あと、人の変化にも前より気づけるようになりました。
細かい話ですが、「前髪を切ったんだね」とか「なんか今日元気ないね」とか、
そういう小さな変化に気づくようになりました。

5年後、10年後、どんな自分になっていたいか、ですか?

まずは、楽しく笑ってたらいいな、と思っていて。
仕事とかも、こういう人と働きたい、この人とだったら楽しく働けそうだとか、
人との関係を大切にして生きている、そんな自分になっていたら、そんな場所にいられたら良いなって。
今はそんなふうに、思っています。