東城 敏毅 (とうじょう としき)
古典文学(上代)担当
奈良時代の文学『万葉集』や『古事記』『風土記』について研究をすすめています。
2026年の2月から3月にかけて、イタリアのフィレンツェ大学で実施された「水門(みなと)の会日伊共同国際シンポジウム」に参加してきた。イタリアに行ったのは、15年ぶりであり、宗教の崇高さを考えさせられる素晴らしい教会群と街並み、フレンドリーな人柄と美味しい料理、これらはやはり以前のままであったが、衝撃を受けたのは、国全体が思っていた以上にキャッシュレス社会・QRコード決済社会になっており、換金したお金をほとんど使うことなく、イタリアを巡ることになったことである。
インターネットで航空券・ホテル・鉄道から主要な観光名所を事前に予約していたが、そのチケットがスマホに数日前から前日にかけてQRコードで送られてくる。それをかざして駅の改札に入り、ウフィツィ美術館やサンマルコ寺院に入場することになる。現地での当日券も、受付横のQRコードからログインし、日にちと時間を予約する(これはなかなか手間がかかる)。公衆トイレに入るのも(イタリアではほとんど公衆トイレがないので、トイレを探すのにも時間を費やし、お金もかかる)地下鉄の切符もクレジットカードやスマホ決済。日本以上のキャッシュレス社会となっており、パスポートとともに、スマホを落としたら、、、と常に不安を抱えた日々であった。日本ではそれほど実感していなかったが、まさしくこれこそ「ポストコロナ社会」なのであろう。
また、ストライキが頻繁に起こるのは、イタリアの日常茶飯事である。たまたま学会の翌日に鉄道会社のストライキに当たってしまい、フィレンツェからミラノへの鉄道を予約していた私は、イタリアの大学院生にお願いし、一緒に駅まで行って確認していただいた。ストライキ中でも、必ず走らせる「確約電車」というのがあり、予約している人には、「確約電車」の一覧表がスマホに送られてくる。幸い、私が乗るのは「確約電車」であったが、大学院生曰く、「毎月頻繁にストはありますし、それが日常なので、あまり気にも留めてもいませんね」。
フィレンツェ一望
「確約電車」一覧表
鉄道のチケット
2.石の文化と木の文化と
そのような意味ですっかりかわっていた「キャッシュレス社会」であったが、ミラノやヴェネツィア、フィレンツェの素晴らしい町並みは、京都のように観光客がひしめいていたものの、やはり以前のままに心揺さぶられるものがあった。石の文化の偉大さ。これについては、いつも日本の木の文化と比較してしまう。人を寄せ付けないように感じてしまう無機質で冷たい石の表情は、確かに、遠藤周作『留学』の主人公「田中」が実感している、非キリスト者を寄せ付けないヨーロッパの姿でもある。
この灰色の哀しそうな生活の拡がり。車の音、人々のざわめき。そしてそのみすぼらしい人生の中に尖塔へ曇った空の割れ目から数条の光線が落ちている。田中にはヨーロッパというものが、長い長い間、本質的にはこのような姿でうずくまってきたような気がしてならなかった。その姿の芯に、向坂が「河」と呼んだものがあった。(遠藤周作「爾も、また」『留学』新潮文庫版・1968年)
そのようなキリスト教を理解しないと見えてこない文化、キリスト者と非キリスト者との間に横たわる「河」があることは事実であろう。反面、キリスト教の全空間的な光の前に、つい包み込まれてしまうような感覚、いつの間にか、人間全体を包んでいるような錯覚に陥ってしまう不思議さも実感する。それは、キリスト教の深遠さ(宗教の聖性)をやはり感じ取ってしまっているのであろう。例えば、伊勢神宮の杜の中で、余計な雑念が一瞬でそぎ落とされて、自分の輪郭だけがくっきりと浮かび上がるような、冷たい感覚を実感するのと同じように。
サンマルコ寺院(ヴェネツィア)
ドゥオーモ(ミラノ)
3.フィレンツェ大学での学会発表
「水門の会日伊共同国際シンポジウム」、フィレンツェ大学の今年のテーマは「日本文化における「美」と「醜」」。日本の先生方、イタリア・アメリカ・中国の先生方、イタリアの大学院生が、上代から現代までの日本文学、またアマビエから和食や侘茶まで、日本文化の「美」と「醜」について、研究発表し、議論し合い、非常に有意義な時間となった。国際学会では、日本における学会のように、非常に狭い範囲での専門性を問うのではなく、日本文化を大きな視点から俯瞰的に議論し、発表されることが多く、発表者も聴衆も、日本文学の歴史軸の時間の中で、文学作品を捉え、考察することが多い。イタリアでは加藤周一『日本文学史序説』(ちくま文庫版・1999年)を読み続けていたこともあって(何回、本書を読んだことだろう)、俯瞰的に大きな枠組みの中で文学作品を位置づけることの必要性を改めて実感した時間ともなった。
また、学会の間のランチタイムや夜の懇親会では、美味しいトスカーナ地方の食事とワインで乾杯し、今さらながらに本場のワインの美味しさに、グラスは次から次へと空になる次第。その酔いの中で、イタリアの先生方や学生とともに、日本文化について議論し語り合う。国際的に日本文化を考え直すには、これほど適した空間はないであろうと、酔いのさめぬままに実感した日々ともなった。また、私が25年来お会いしたかった、2025年4月に瑞宝中綬章を授与されたフィレンツェ大学の鷺山郁子先生にも、初めてお目にかかれたこと、全てが夢見心地の経験となった。
私が発表した『万葉集』防人歌の「醜(しこ)の御楯(みたて)」が、そのような大きな時間軸の流れの中で、イタリアの大学院生や先生方と共有できていることを、切に願うばかりである。
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学会発表をする著者(フィレンツェ大学)
フィレンツェ大学の鷺山郁子先生と
懇親会にて