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日本語日本文学科

2023.05.01

日本語研究のタネ|尾崎喜光|日文エッセイ235

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日本語日本文学科

日文エッセイ

【著者紹介】
尾崎 喜光(おざき よしみつ)
日本語学担当
現代日本語の話し言葉の多様性に関する社会言語学的研究。
日本語の男女差、年齢差(加齢変化)、地域差(方言)、方言と共通語の使い分け、敬語行動、
現在進行中の言語変化、韓国語との対照言語行動研究など。研究テーマも多様。
 
日本語研究のタネ

「放送ライブラリー」での日本語調査
 横浜市に「放送ライブラリー」という施設があります。過去に放送されたテレビ番組やラジオ番組、CMなど約3万本を無料公開している施設です。「放送番組の収集保管公開施設」(いわば図書館)ということで「放送ライブラリー」なのですね。

「放送ライブラリー」が入居しているビルの外観 (撮影=筆者)

「放送ライブラリー」が入居しているビルの外観 (撮影=筆者)

過去の話し言葉をとらえるには
 私の研究テーマの一つは、現代日本語の話し言葉の変化です。言葉の変化は過去だけでなく現在も進行中です。最近は特に音声(発音)の変化に関心があります。
 現在の音声をとらえるのであれば、自分自身の言葉を含め、まわりにいる人々の言葉を多数観察してデータとして蓄積し、それを分析すれば可能です。しかし、とらえるのが「変化」ということになると、過去の言葉についても同様にデータを集め、それと比較しなければなりません。では、どうやったら過去の話し言葉のデータが得られるでしょうか?
 そこで思いついたのが、話し言葉がそのままの形で残っている過去の放送番組です。それを聞けば昔の言葉が観察でき、現在との比較から、あるいは放送年ごとの比較により、変化をとらえることができそうです。
 日本のどこかにそうした施設があるに違いないと思い、インターネットで調べたところ、横浜市にある「放送ライブラリー」の存在を知りました。十数年前のことです。研究者のための「研究者ブース」もあり、予約の上一日中利用させてもらえるので大変便利です。

最近行なっている調査
 放送ライブラリーで現在行なっている調査は、たとえば「言った」をッタと発音するか、それともッタと発音するかという、動詞「言う」の語幹の発音の変化です。どうやら近年、本来のイからユへと変化しつつあるようです。
 あわせて観察しているのは、単語の先頭以外のワ、たとえば「回る」のワを、ひらがなの綴り字どおりワと発音するか、それともアと発音するかです。これも本来のワからアに変化しているようです。詳しい説明は省略しますが、この変化は、「ハ行転呼」と呼ばれる、日本語に生じた長期にわたる音声変化の最終段階である可能性も考えられる、非常に重要な変化だと思っています。
 「言わない」や「言われて」という言葉も番組中に現われますが、これは上記の両方に関係します。「言わない」の「言」をイと発音するかユと発音するか、また「言わない」の「わ」をワと発音するかアと発音するかに注目します。
 いつ現れるかわからない、こうした音声を含む言葉に注目して番組を聞きます。該当する言葉が出現したら、パソコンを使い、その言葉や前後(文脈)を含めて忠実に文字化したり、どちらの音声であったかを記録したり、年齢層や性別などの話し手の属性、放送日等を記録します。楽しい調査ではありますが、集中力と根気(と小さなPC画面をみつめる眼力)が求められ、一日の調査が終わるとぐったりとします。

一日の調査を開始する筆者

一日の調査を開始する筆者

日本語研究のタネ
 さて、このような聞き取りをしていると、本来注目している言葉ではないけれども、現在との違いが感じられる言葉に出会うことがよくあります。スルーしてもかまわないのですが、どうしても気になります。並行して行なっている別の研究テーマの実例として参考にしたり、別の研究テーマを今後考える際のタネになるかもしれないと思い、それらについてもメモして情報を蓄積しています。
 そうしたメモの中から、皆さんも気になるかもしれない言葉を少し御紹介しましょう。

①「イカす」
 1969年4月3日放送の子供向けドラマ「ジャンケンケンちゃん 第1回 春風よ!ありがとう」(TBSテレビ)を調査していたところ、桂菊丸(当時27歳)演じるスターさんが、宮脇康之(当時7歳)演じる主役のケンちゃんにこう言っていました。
  「よーっ、ケンちゃん。(そのシャツ)イカすなぁ。」
桜むつ子(当時48歳)演じるおばあちゃんもケンちゃんに次のように言っていました。
  「(そのシャツ)なかなかイカすじゃないかー。」
 「イカす」は「かっこいい」という意味です。今ではほとんど使われていませんが、その頃の流行語として、脚本担当の光畑碵郎氏などが、それを役者に使わせたわけです。これを流行らせたインフルエンサーなどは調べれば分かりそうですが、人々の間でいつ頃まで使われていたのか、なぜ衰退したのかなどが気になります。

②「○○坊」
 同じ番組で、前田昌明(当時36歳)演じるお父さんは、ケンちゃんに次のように言っていました。
  「ケン坊、お前いま何て言ったんだ?」
 男の子のことを「○○坊」と呼ぶことも、今ではあまりなさそうです。いつ頃から使われたのか、またいつ頃からなぜ使われなくなったのか、気になります。

③「ジョン」
 1979年3月1日放送の同シリーズ「カレー屋ケンちゃん 第1回 甘口辛口どちらです?」(TBSテレビ)を調査していたところ、有島一郎(当時63歳)演じるおじいちゃんが、飼い犬を散歩させながら次のように言っていました。
  「ほれ、ジョン、そんなに慌てるなー。」
 コリーに代表されるような洋犬の名前として、かつては「ジョン」がよく使われていました。都市化が進んだ現在では、小型の室内犬の方がむしろ多いのではないかと思われますし、名前も「マロン」のようなスイーツ系も多いのではないかと思います。「ジョン」は今でもいるのでしょうか。人の名前の流行については、毎年新聞で紹介がありますが、犬や猫などのペットの名前にも流行り廃れがありそうです。しかし、人間の名前ほどには分かっていないと思います。
 さらに想像を広げると、ぬいぐるみに名前を付けるか否か、付けるとしたらどんな名前かなども気になります。私の娘は小さい頃、ふにゃっとした犬のぬいぐるみに「よしなり」という和風の名前を付けていました(老体ながら今も健在)。前半は、私の下の名前の一部でしょうか。

日常の言葉の観察から
 このように、昔の言葉を聞くと、言葉の変化という点でいろいろとヒントが得られます。
 言葉の変化はもっと短いタイムスパンで生じる場合もあります。それは年齢差に反映されます。自分の父母世代・祖父母世代の言葉、逆に後輩たちの言葉に耳を傾けると、言葉の変化に関する研究のタネがみつかるかもしれませんね。

*本記事は、JSPS科研費JP20K20710(研究課題「現在進行中の日本語の音声変化を把握するための既存の映像資料・録音資料の活用研究」;研究代表者・尾崎喜光)による研究を遂行する過程で得られた資料の一部を用いています。

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