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日本語日本文学科

2022.04.03

腰を低くして寄り添う -大村はま先生の姿勢に学ぶ-|伊木洋|日文エッセイ222

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日本語日本文学科

日文エッセイ

【著者紹介】
伊木 洋(いぎ ひろし)
国語科教育担当
国語科教育の実践理論を研究しています

腰を低くして寄り添う
-大村はま先生の姿勢に学ぶ-

 「子どもを知るということ、子ども自身より深く知るということ」が「教師として第一のこと」(大村はま『教室をいきいきと1』 1986 筑摩書房 p.3)とおっしゃった大村はま先生は、子どもの心の奥を見ることを大切になさり、学習者一人一人との対話による指導に力を注がれた。大村はま先生がそのために教室で愛用なさったのが木製の小さな丸椅子であった。大村はま先生はこの丸椅子について次のように語られた。

 この椅子、いろいろの子どものそばに寄せて、そのときどき、その一人と、ことばを学び、語りあってきた椅子です。ある授業のときでした。私は一人の子どもに話したいことがありまして、ふと、そこにあった椅子にかけました。話しながら、それまで知らなかったような語りごこち、教えごこちを味わいました。ほんとうに、一人と一人という気分でした。ほんとうに、子どもを見下ろさない姿勢でした。私は、子どものそばに、腰を低くして寄り添うという、教室の大切な姿勢を学んだのです。
(大村はま NHK教育テレビ「わたしの自叙伝 大村はま~教えつづけた50年」1980)

黄金の椅子

黄金の椅子

 大村はま先生は、小さな丸椅子を学習者のそばに置いて、学習者一人一人にまさに身を寄せて個に応じる指導をなさった。この丸椅子は、大村はま国語教室における豊かな実践を支えたものであり、大村はま先生の国語教室における姿勢を如実に示すものである。
 大村はま国語教室に深く関わった倉澤栄吉氏はこの椅子を「黄金の椅子」と評し、ここに「大村教室の哲学のような信念の裏打ちがあるような気がしますね」(大村はま 『大村はまの国語教室 ことばを豊かに』 1981 小学館 p.63)と説いている。大村はま国語教室で学んだ苅谷夏子氏は、この椅子を「いきいきとした教室を生み出した椅子」であり、「大村先生の教室の仕事の象徴」であると述べている。
 大村はま国語教室の象徴とも言えるこの椅子を実際に見る機会を得た。コロナ禍の中、午後のみの大会となったが、2021年11月14日(日)、大村はま先生が長年お勤めになった大田区立石川台中学校を会場として、大村はま記念国語教育の会2021年度研究大会(石川台大会)が開催された。会場となった体育館の壇上に、この椅子が置かれたのである。大村先生愛用のこの椅子はご親族の方によって大切に保管されていたとのことであった。大村はま先生の面影を思い起こさせるこの椅子に見守られて、研究大会(石川台大会)では、コロナ禍の中に生きる子どもたちの現状を踏まえた発表が行われた。

石川台中学校

石川台中学校

  甲斐雄一郎氏(筑波大学)、村上昭夫氏(石川台中学校校長)のあいさつにはじまり、第五回大村はま奨励賞の授賞式が行われた。大村はま先生愛用の丸椅子を製造した企業によって丸椅子が複製されることとなり、奨励賞の副賞として贈呈されることになったとのことであった。
 授賞式に続き、二つの実践発表が行われた。一つ目の発表は、第五回大村はま奨励賞受賞者である阿部千咲氏(山形県酒田市立松原小学校)による「どの子も自分のことばで考え表現し、ことばの魅力に気づき、言葉を育んでいく単元学習をめざして」と題する発表であった。二つ目の発表は、大澤由紀氏(千葉県習志野市立第五中学校)による「コロナ禍に想う 国語教育が育めるもの-学び合う場、伝統の継承、言葉と思い-」の発表であった。指導講評の甲斐雄一郎氏は「現状認識から出発した単元、コロナ禍における学びの方向を示したご発表」と評された。
 続いて、「『渦中』を歩く-言語生活の記録と未来-」をテーマとする体験報告と話し合いが行われた。コーディネーターは苅谷夏子氏(大村はま記念国語教育の会事務局長)、登壇者は酒井英樹氏(上田市立上田第二中学校)、甲斐利恵子氏(軽井沢風越学園)、橋本暢夫氏(元鳴門教育大学)、村井万里子氏(鳴門教育大学)であった。
 酒井英樹氏はコロナ禍における音楽会(合唱)の取り組みについて報告なさった。甲斐利恵子氏は、コロナ禍の教室の実践から、タブレットでは捉えられない子どもの姿があることを示された。橋本暢夫氏は、「渦中の不動の核としての大村はま」と題して、大村はま先生が編修に関わった『国語 中学校第一学年用三』(1948 教育図書)における「日記」の教材を取り上げ、大村はま先生の学習者把握に基づくこの教材の価値を明らかになさった。村井万里子氏は、山口喜一郎氏の「対話環」モデルを踏まえ、一つの言葉を獲得していく構造をお示しくださった。苅谷夏子氏は、コロナ禍の中、冊子『渦中』の編集を通して感じた、記録することについての気づきをお話なさった。話し合いでは、大村はま国語教室における「実の場」が話題となった。
 体験報告と話し合いの後、鳥飼玖美子氏(立教大学名誉教授)による「ポスト・コロナ社会と言語教育-異文化コミュニケーションの視点から-」と題する講演が行われた。鳥飼氏は、母語教育としての国語教育の重要性を指摘なさり、異文化コミュニケーションの視点からコミュニケーションは相互行為であること、思ったことをそのまま言葉にするわけではないこと、相手のみになって捉えることの困難さを深く理解することの大切さを示された。
 最後に、桑原隆氏(筑波大学名誉教授)による「持続可能な開発目標(SDGs)と国語教育-試作単元開発:南極探訪-」と題する試作単元の講演が行われた。
新型コロナウイルス感染症への困難な対応に追われる中で、不動の核となる大村はま先生の姿勢に学び、自己を見つめる貴重な時間となった。


参考文献・参考資料
大村はま『教室をいきいきと1』1986 筑摩書房
大村はま『大村はまの国語教室-ことばを豊かに-』1981 小学館
大村はま NHK教育テレビ「わたしの自叙伝 大村はま~教えつづけた50年」1980
大村はま記念国語教育の会研究大会2021年度研究大会【石川台大会】配付資料 2021

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