家入 博徳(いえいり ひろのり)
書道担当
書道史・文字表記史を研究しています。
文字散歩
コロナ禍の今日、なかなか歩き回ることができない状況ではあるが、普段は意識せずに通り過ぎてしまういつもの風景でも、ふと立ち止まって意識してみると新たな発見がある。いつものあの場所、あの風景が視点を変えると小さな発見の宝庫になる。中でも、書を専門としている者としては、どうしても文字に目が向く。本学のなかでも様々な種類の文字に出会うことができる。
写真1、2は書道実習室(1-2セミナー)に掲示されている札である。「書道実習室」は明朝体を、「1-2セミナー」は丸ゴシック体をそれぞれ使用している。どちらの書体も今日よく見かけるものである。日本における明朝体(活字)は、通詞(通訳詞)であった本木昌造が明治2年に上海の美華書館のウイリアム・ガンブルを招き、活版技術の指導を受けた際に導入されたものである(注1)。一概に明朝体と言っても多くの種類が存在しており、よく見ると印刷物によって微妙に書風が異なっている。ちなみに、ゴシック体(活字)が日本で初めて登場するのは明治19年の『官報』第873号のようである(注2)。
写真1
写真2
本学の入口の門は4カ所あるが(正、東、北、西)、正門・東門には文字が彫られた札がある(写真3、4)。文字そのものを彫ることを陰刻と言う。一方、文字が浮き出るように文字の周りを彫ることを陽刻と言う。写真5は、正門から入ると目の前にあるノートルダムホールの札である。同種の札は各校舎の建物に掲げてあるが、いずれも文字が浮き出るようなデザインとなっている。また、写真6は附属図書館の正面入口にあるが、こちらも文字が浮き出るようなデザインとなっている。
写真3
写真4
写真5
写真6
本学には少ないながら筆で書かれた札がある。全て中央棟にあるのだが、清心こころの相談室(5階)、キリスト教文化研究所(6階)、特殊文庫(黒川文庫、正宗敦夫文庫)(7階)である(写真7、8、9)。
それぞれに異なった書風や趣によって書かれている。現代においては、毛筆によって書かれたもの自体が珍しく、したがって目を引き、歴史的な意味合いを感じさせる等の効果がある。『高等学校学習指導要領解説 芸術編』(平成30年7月告示)pp.295-296には、現代における毛筆や手書きのあり方が以下のように記されている。
現代では、様々な情報機器の普及により、文字を書く場面が次第に減少する傾向にあり、毛筆の使用は、特別な活動や非日常的な場面に限られるようになりつつある。しかし、身の回りには依然として表札、看板をはじめ、野外の石碑、書籍の題字、贈答品の表書き、ポスター、ラベルなど、毛筆で書かれた文字を見かけることは多い。これは、毛筆や手書きによる表現の効果や価値が社会で共有されているためであろう。
なぜこの看板は筆によって書かれたのであろうか。筆によって書かれたことによる効果はどうであったのか。さらには、どのような思いで書いたのであろうか……。今では「特別」となってしまった毛筆に対し様々に思いを馳せることができる。
文字の使われ方、書き方等に目を向けることで、いつもは通り過ぎてしまう施設や何気ないモノに、新たな発見ができるのではないだろうか。
注1 『明朝活字』矢作勝美 平凡社 昭和51年、『本と活字の歴史事典』印刷史研究会編 柏書房 平成12年、『明朝活字の美しさ』矢作勝美 創元社 平成23年
注2 『明朝活字』矢作勝美 平凡社 昭和51年
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