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日本語日本文学科

2021.09.30

ヘビは怖い?|日文エッセイ216|野澤真樹|古典文学(近世文学)・江戸時代の小説

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日本語日本文学科

日文エッセイ

【著者紹介】
野澤 真樹(のざわ まき)
近世文学担当
江戸時代の小説を主な研究対象としています。

 
ヘビは怖い?
 
 人間に直接危害を加えることが極めてまれにもかかわらず、ひどく人間に嫌われてしまう動物がいます。一部の昆虫や爬虫類がそれにあたるでしょう。なかでもヘビには恐怖心を抱く人が多いようです。実際はほとんどが臆病な性質の個体で、人に出くわして威嚇することはあっても、積極的に攻撃することはまれです。もちろん、毒ヘビに噛まれたり、何らかの偶然が重なって巨大なヘビに襲われたりすれば命に関わります。ライオンも、ゾウも、犬でさえ、状況によっては人間の命に危険を及ぼしますが、嫌いな動物の第一にライオンやゾウや犬を挙げる人はあまり多くありません。
 ヘビを嫌う心は、手足がなく鱗におおわれた不思議な姿のみから来るものでは必ずしもないように思われます。日本文学には、ヘビを登場させるものがいくつかあります。江戸時代の怪異小説『雨月物語』(上田秋成作)に「蛇性の婬」という話がありますが、これは中国白話小説の「白娘子永鎮雷峰塔」を日本の道成寺説話の要素を採り入れ翻案したものです。秋成は道成寺説話に見られるヘビと女の執念をうまく素材に重ねています。描かれるのはやはりヘビの負のイメージです。
 溯ると、平安期の仏教説話には死してのち蛇身となった人の話や、仏への供物を盗んで作った酒が作った者にのみヘビに見えた話などがあります。ヘビに生まれ変わることを「蛇道の苦」といい、仏教の教えにおいても、ヘビは忌み嫌われる動物として描かれているのです。
また、『日本霊異記』に次のような話があります。置染臣鯛女(おきそめのおみたひめ)という少女は貞節で、毎日菜を摘んでは行基菩薩に欠かさず供えていました。ある時、いつものように山に入り、大きな蛇が蛙を飲み込むところを目にします。少女は「蛙を自由にしてやって」と頼みましたが、蛇はなお蛙を放そうとしません。少女は「私があなたの妻になりましょう。それに免じて、蛙を許してやりなさい」と言います。すると蛇は、「高く頭を捧げて女の面を瞻、蛙を吐きて放ちぬ(頭を高くもたげて少女の顔をじっと見つめ、蛙を吐き出した)」といいます。少女が告げた七日後の夜に蛇は少女の家にやってきて、ちょっとした冗談のつもりだった少女は恐れおののきながら夜を明かします。少女は行基菩薩に助けを求めるも「お前は難を免れまい」と告げられ、戒を授かります。その帰り、蟹の命を救うのですが、翌晩、蟹の助けで蛇はずたずたに切り裂かれ、少女は助かったといいます(「蟹と蝦との命を贖ひて放生し、現報を得し縁第八」)。同様の話はいくつかの民話にも見られます。
 時代もジャンルも変わりますが、この話から江戸時代の長編小説『南総里見八犬伝』(曲亭馬琴作)を思い出しました。第九回で、敵軍に城を包囲された里見義実は万策尽き、討ち死にを覚悟します。その時、義実は飼い犬の八房に対し、戯れに「もしもお前が敵将を噛み殺して来たなら、我々の命を救うことになろう。できるか」と問います。この言葉を大人しく聞いている八房をいじらしく思った義実は「もしできたなら魚肉を食べたいだけ食べさせてやろう」と言いますが、すると八房は不服そうにくるりと背中を向けます。「それでは官職をやろうか、領地をやろうか。それもいやならば、わが娘の伏姫を妻にしようか」。これを聞いた八房は「尾を振り、頭を擡つつ、瞬もせず主の顔を、熟視てわわと吠(しっぽを降って頭をもたげ、瞬きもせずに義実公の顔をみつめてわんわんと吠え)」ました。そして義実主従が決死の覚悟で討って出る寸前に、八房は本当に敵将・安西景連の首を取ってくるのです。これは後に伏姫と八房が山に籠もるきっかけとなり、八犬士の因縁に繋がるエピソードです。
 『霊異記』と『八犬伝』とに直接の影響関係があるわけではなく、様々に形を変えて伝わった説話が長編小説の趣向の一つとして『八犬伝』に採り入れられたものでしょう。犬が人の言葉を解するという想像は、犬と身近に暮らす現代の人々にもできそうです。なお、『霊異記』と『八犬伝』とでは、人間から話を聞いたヘビあるいは犬が、その人間をじっと見つめる行動が共通します。その様子に、彼らが人間の言葉を理解していることが表されているのです。近づいてくる人間にヘビが注意を払う表情に、当時の人々は何か不思議な知性のようなものを感じたのでしょうか。ヘビは水神や祟りを為す存在としてもたびたび描かれます。計り知れぬ能力を持つかもしれない動物だからこそ、より深く恐れられてきたのでしょう。
 ヘビを恐れる人々はまだまだ多いですが、一方で飼いやすいペットとして愛好する人もいます。日本の固有種として知られるアオダイショウは、海外で“Japanese Ratsnake”と呼ばれ人気です。なんとなくヘビが嫌いだけれどなぜだかわからない、という人は、もしかすると古くからのヘビのイメージが心の中に染みついているのかもしれません。

倉敷市・阿智神社、おみくじ掛けの「巳」

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【参考文献】
『日本霊異記』中巻「蟹と蝦との命を贖ひて放生し、現報を得し縁第八」(新編日本古典文学全集10『日本霊異記』、小学館、1995年)
『南総里見八犬伝』第九回「盟誓を破て景連両城を囲む 戯言を信て八房首級を献る」(岩波文庫『南総里見八犬伝(1)』、岩波書店、1990年)
Reptile Talk “Japanese Ratsnake” https://www.reptiletalk.net/japanese-ratsnake/,(2021年8月19日閲覧)

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