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日本語日本文学科

2020.09.01

感染症と文学|綾目広治|日文エッセイ203

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日本語日本文学科

日文エッセイ

【著者紹介】
 綾目 広治(あやめ ひろはる)
  近代文学担当 
  昭和~現代の文学を、歴史、社会、思想などの幅広い視野から読み解きます。


感染症と文学

                           
 現在、新型コロナウイルスによる感染症が世界中に拡がって、大きな災厄の中に私たちはいます。こういう事態に文学はどう向き合っているのでしょうか。

 感染症の災厄(さいやく)を描いた小説に、最近の新聞でも取り上げられています、アルベール・カミュの有名な『ペスト』(1945年)があります。これはフィクションですが、現実にも起こりそうな重大な問題が書かれています。それは、ペスト禍による格差のさらなる拡大という事態です。『ペスト』では、ペストの蔓延(まんえん)とともに、「貧しい家庭はそこできわめて苦しい事情に陥っていたが、一方富裕(ふゆう)な家庭は、ほとんど何ひとつ不自由することはなかった」(宮崎嶺雄訳)と語られています。蔓延が深刻化した時期からは、ペストの病気よりも貧困、困窮(こんきゅう)の方が恐怖であったとされています。

 カミュが『ペスト』のエピグラフに引用しているのは、18世紀のダニエル・デフォーの『疫病流行記』(他の翻訳名は「ペスト」)からの言葉ですが、この『疫病流行記』においても語られているのは、多くの人は疫病そのものによってというよりも、疫病がもたらした飢餓、窮迫(きゅうはく)、欠乏によって倒れたということです。

 感染症は、当時の格差社会における、その経済的な格差をさらに拡大させたわけです。今はまだ、日本国内においては、その問題は表面化していませんが、世界とくに南半球ではすでにその問題が浮上しているようです。私たちは、そのことにも眼を向けなければなりません。

 それでは、現在の日本文学はコロナ禍の問題に対して、どのように向き合っているのでしょうか。もっとも、それはまだ時期尚早(しょうそう)であって、コロナ禍の問題をすぐに文学作品に十分に昇華(しょうか)させるところまでには至っていないようですが、それでも幾つかの小説ではコロナ禍の問題を物語の中に取り込もうと試みられています。

 その一つに、芥川賞作家の金原ひとみの「アンソーシャル ディスタンス」(「新潮」、2020年6月)があります。この小説は、13歳の時からリストカットを繰り返し、高校では合法ドラッグに嵌(はま)って中退し、大学検定を受けて大学に入学した沙南という女性と、その恋人で幸希(こうき)という男子大学生の物語です。就活がイヤになった沙南が幸希に「心中しない?」と誘い、二人は車で心中旅行に出かけますが、その中で二人の愛は一層高まっていき、生きることを選びます。幸希はこう語ります。「自分を苦しめるもの、自分の好きな人を苦しめるものの絶滅を強く願う。(略)コロナが蔓延し始めた世界の中で、こんなにも幸福を想像できることに初めて喜びを感じた」、と。そして、「こんな幸福な世界は、コロナがなければ想像もできなかっただろう」、とも。

 この小説は、ソーシャル・ディスタンスや自粛が声高に言われ、新型コロナは空気感染は無いのに〈注1〉、野外でも多くの人がマスクをしているような、異常に過敏で同調圧力の強い風潮に対して、異議申し立てをした小説と言えましょう。コロナ禍が二人の恋人に幸せをもたらしたと、敢(あ)えて主人公に言わせているのですから。

 やはりコロナ禍の中の風潮に違和感を語った小説が、同じく「新潮」同号に掲載された鴻池留衣の「最後の自粛」です。これは埼玉県の県立男子校を舞台にした、SF的な要素も取り込まれた物語ですが、物語の終わりで主人公の高校生は、「死ぬことよりも、死ぬことを恐れて行動を自粛することの方が恐ろしかった」と語っています。

 以上の二作を見てきますと、小説家たちはコロナ禍そのものよりも、コロナ禍がもたらしている風潮に対して、異議申し立てをしていると思われます。日本社会に強くあると言われていた同調圧力が、コロナ禍で実際に一挙に浮上したと言えます。コロナ禍のような災厄は、社会の矛盾を表面化させます。格差問題も、遠からず深刻化するのではないかと憂慮(ゆうりょ)されます。

 文芸評論では、たとえば川村湊(かわむら みなと)は『新型コロナウイルス人災記 パンデミックの31日間』(現代書館、2020.5)で情報を丁寧に追いながら、新型コロナ禍の本質が「人災」であることを説得的に語っています。コロナ禍とは、現政治の無策の結果であり、またこれまでの公衆衛生政策の杜撰(ずさん)さがもたらしたものであることを語っています。一度、読んでみてください。

 コロナ禍は今後どうなるのか、予測はできませんが、文学研究の立場からコロナ禍がもたらす問題について考えていきたいと思っています。



注1 岩田健太郎『新型コロナウイルスの真実』(株式会社ベストセラーズ、2020.4、ベスト新書)

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