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日本語日本文学科

2008.03.03

「聞き書き」の魅力|田中 宏幸|日文エッセイ53

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日文エッセイ

日本語日本文学科 リレーエッセイ
【第53回】 2008年3月3日

「聞き書き」の魅力
著者紹介
田中 宏幸 (たなか ひろゆき)
国語科教育担当
日本語表現法・国語科教育法について理論と実践を通して研究しています。

「日本語表現法」という授業で、「聞き書き」に取り組み始めて12年(注1)になる。対話能力を高めることを目的とした学習だが、それ以上に思いもかけない人と人との出会いがあって、毎年、胸を熱くさせられる。

テーマは、「仕事」もしくは「人生の岐路」(注2)である。私たちの生き方は、仕事という形で具現化することが多い。その仕事内容の詳細や、その仕事を選ぶまでの経緯を聞かせていただくことによって、その人の根っこにある「想い」に迫っていこうというのが学習目標である。
「聞き書き」の魅力は、次の五つに整理できる。

第一は、人との出会いである。心惹かれる方を訪ね、膝を交えてじっくりと話を聞かせていただくという機会は、特別なことでもない限りなかなか実現しない。これまでも、岡山在住の小説家、元オリンピック選手など、著名な方が登場して驚かされたが、いずれも、授業課題であることを理由にして取材を申し込んだそうだ。市井の魅力的な人(例えば、イ草織り、遠洋漁業、楽器修理、フライト・アテンダントなど)の職業秘話も味わい深い。また、祖父母や両親などへの取材も意義深い。親は子に対して、なかなか本当の「想い」を語らないものである。この学習が契機となって、親子の対話が深まるならば、その機会を設けるだけでも意味のあることだと言えよう。

第二は、仕事観・職業観の向上である。自分の個性に対するプライドと自分の実力に対する不安との板挟みになっている若者達にとって、「聞き書き」は自分自身の生き方・在り方を考え直す絶好の機会となる。インタビューを通して、「誰もが迷いながら生きており、人との関わりの中で自己存在の意味を確かめているのだ」という、人生の真実に出会うのである。

第三は、対話力の向上である。人の「想い」を聞きたいと思っても、いきなり「人生観を聞かせてください」とか「生き甲斐は何ですか」と始めるわけにはいかない。事象にこだわり、「どういうことか」「なぜそうするのか」と具体的に尋ねていくことで、ようやく相手の「想い」の断片にたどり着くのである。そのためには、用意していた質問だけでなく、相手の話の中から質問項目を見つけ、更に深く聞き出していく力が求められる。「訊く」ために、しっかりと「聴く」。ここから対話力が高まっていく。

第四は、編集力の向上である。聞き出してきた話も、そのまま再現したのでは、文意が通らない。順序を整理し、言葉を加除することで、取材相手の「想い」が浮かび上がってくる。また、この文章化の過程で、聞き手の思考も整理されていく。さらに、メディア情報もこのようにして制作されているのだと思い当たることによって、視点の置き所や削除された部分が推察できるようになる。

第五は、記録としての魅力である。例えば、祖父母の戦争体験を若い学生たちが真摯に受けとめてくる。今、聞き取っておかなければ消えてしまう生(なま)の証言を、こうして記録していくということは、個人的にも社会的にも大きな意味を持つものとなろう。

「聞き書き」を終えた学生たちは、次のような感想を記す。

初めて「聞き書き」をやってみて、一つ一つの情報を文章としてつなげていくことがとても難しいと感じた。ゲストの方の言葉を一字一句書いていくことはできないので、最も言いたいことをどれだけ表現できるかという部分ですごく苦労した。話を聞く時にも、的を絞って質問したり、具体的に聞いたりする必要があることが分かった。/また、話し言葉では、どうしても「それ」「あれ」といった指示語が増えてくる。その内容を初めて読む人にも伝わるようにすることにも気を付けた。最初はできるかどうか不安が多かったが、やってみると、普段書くことのない文章なので、楽しく書くことができた。/インタビューに協力して下さった先生は、高校時代の部活動の顧問の先生だ。高校時代も面と向かって話をする機会はほとんどなかったので、今回のインタビューを通して私の知らなかった先生の一面を知ることができた。

こうした実践を重ねて感じることだが、「聞き書き」というものは、あまり肩肘を張らずに、気軽に始める方がよいようだ。相手を敬う気持ちと、相手の「想い」を知りたいという熱意さえあれば、何とかなる。しかも、始めてしまうと、相手の方の心の豊かさに感動し、ぐいぐいと引き込まれていく。もちろん、たどたどしくてうまくいかない時もあるだろう。だが、誤解し誤解されながら理解を深めていく経験を重ね、さらにその経験をふりかえり文章化していくことによって、心の「通じ合い」を実感し、他者とともに生きる「言葉の力」が育っていくのである。

(注1)
12年間に発行した「聞き書き集」のタイトルは以下の通りです。なお、第9集以降は若干残部があります。ご希望の方は、日本語日本文学科・田中宏幸までお問い合わせください。

第1集「働く人々の姿と心」(1996年度)
第2集「働く人々の心」(1997年度)
第3集「人生の岐路に学ぶ」(1998年度)
第4集「語る」(1999年度)
第5集「年輪」(2000年度)
第6集「岐路」(2001年度)
第7集「この人に聞きたい」(2002年度)
第8集「迷インタビュアー」(2003年度)
第9集「竹のことは竹に聞け」(2004・2005年度合冊版)
第10集「言葉はこころ」(2006年度)
第11集「言葉がつなぐ」(2007年度)  (↑ 本文に戻る)

(注2)
「聞き書き」の先行事例に、藤本英二『ことばさがしの旅(上・下)』(高校出版、1988年)、立花隆
『二十歳のころ』(新潮社、1998年)、藤本英二『聞かしてぇ~な仕事の話』(青木書店、2002年)などがある。

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