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日本語日本文学科

2020.05.01

国語教育者、野地潤家先生の書庫をお訪ねして|伊木洋|日文エッセイ199

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日本語日本文学科

日文エッセイ

入試情報

【著者紹介】
 伊木 洋(いぎ ひろし)


 国語科教育担当
 国語科教育の実践理論を研究しています。
 

国語教育者、野地潤家先生の書庫をお訪ねして


2020年1月26日(日)、国語教育学研究の先達である野地潤家先生が収集なさった国語教育に関する膨大な文献及び資料が収められている書庫をお訪ねする機会に恵まれた。
橋本暢夫先生から野地潤家先生の書庫のお話を度々うかがっており、かねてよりお訪ねしたいと考えていた。今回の訪問は、広島大学の山元隆春先生、間瀬茂夫先生のご高配によるものであった。野地潤家先生の書庫に到着すると、優しい笑顔で出迎えてくださったのは、野地先生の娘さんである髙津玲子さんであった。お仏壇に手を合わせ、ご焼香させていただき、訪問の機会を得たことに感謝した。お仏壇の横には野地先生と奥様のお写真が飾られていた。お仏壇の部屋からは縁側越しに生前の野地先生がご覧になっていた石灯籠の置かれたお庭が見えた。
 

野地先生が収集なさった国語教育関係の貴重な文献の整理は、すでに10年の歳月をかけて行われてきたとのことであった。この書庫にあった文献の一部は広島大学に寄贈されて野地潤家文庫に収められており、また、文献のうち2万冊は野地先生が学長であった鳴門教育大学に寄贈され、当時の図書館長であった橋本暢夫先生のご尽力で図書館に野地潤家文庫が開設されて、研究のために閲覧できるようになっている。なお、鳴門教育大学の図書館には、野地潤家文庫と大村はま文庫が同じ場所に設置されており、国語教育を研究する者にとって、貴重な文献や資料の宝庫となっている。広島大学や鳴門教育大学に寄贈された文献は一部に過ぎず、今なお、貴重な文献が書庫に保管されているとのことであった。既に到着なさっていらした前田眞證先生にご挨拶し、早速書庫に向かった。
ご自宅の前庭の奥に建てられた第1書庫は開架式で、書庫に足を踏み入れると通路を残して書架が立ち並んでおり、圧倒されるばかりであった。入り口すぐの書架に目をやると、『回想の芦田惠之助』(1957)が目に飛び込んできた。この文献には、野地潤家先生による「芦田先生に学んだもの-一期一会までの私の成長史における先生-」、大村はま先生による「芦田先生に学んだもの」が収められており、大村はま先生が芦田惠之助から、「ま」を学んだことをお書きになった貴重な文献である。地元広島の書店はもちろん、学会で上京なさるたびに大量の文献を求めていらしたと聞いてはいたが、想像をはるかに越えるこれだけ膨大な文献を個人で収集なさったことに対し、改めて野地先生の国語教育学研究に対する思いの深さに心動かされずにはいられなかった。
第1書庫の横に建てられた2階建ての建物の2階が第2書庫、1階が第3書庫となっており、いずれも可動式の書架となっていた。第2書庫の一番奥の書架には、大村はま先生関係の資料が保管されているとのことであった。大村はま先生関係の資料が保管されていた書架のうち、1本には『大村はま国語教室』の刊行の過程を示す貴重な資料が巻別に封筒に入れて収められていた。2本目の書架には大村はま先生が広島大学のペスタロッチー賞を受賞なさった際の資料のほか、大村はま先生の国語科実践研究会の資料が封筒に入れて保管されていた。年月日が記された資料には、実践研究会当日に配布された学習資料の他、研究協議の記録も含まれていた。大村はま先生から直接送付された封筒も多数見つかった。さらには、大村はま先生と野地先生の対談が連載された「総合教育資料」も保管されていた。時間の関係で、一つ一つの資料を十分時間をかけて見ることができなかったことは残念であったが、大村はま国語教育研究の基礎資料となっている『大村はま国語教室』の原稿など、関係資料を調査する機会を得たことは大きな収穫であり、引き続き資料を調査検討していく必要性を強く感じた。
合わせてご厚意により、野地先生の書斎を見せていただくこともできた。ご自宅の玄関横のお部屋が書斎となっており、野地先生が長年にわたって数多くの御著書を執筆なさった机が据えられていた。机の上には野地先生がおまとめになった『幼児の言語生活の実態』、『野地潤家著作選集』のパンフレット、野地先生愛用の万年筆、時計、めがねなどが置かれていたが、生前の机の上は資料でいつもいっぱいであったとのことであった。生前は、書斎はもちろん、2階に上る階段にまで文献が積み重ねられていたとのことで、研究一筋に歩まれた野地先生のお姿が目の前に浮かぶようであった。
 

1月とは思えぬ好天に恵まれた今回の訪問は、改めて野地潤家先生の国語教育学研究に対する深い思いに心動かされるものとなった。
今回の訪問のことを原稿にして本学のブログや冊子に掲載すること、お庭や書斎の写真を撮影し掲載することに対して、ご承諾をいただきました髙津玲子様に心より感謝申し上げます。

参考文献
『回想の芦田惠之助』1957 実践社



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日本語日本文学科
伊木洋准教授(教員紹介)

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