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日本語日本文学科

2020.03.01

宮沢賢治からフランシスコ教皇、そして中村哲氏へ ―すべてのいのちを守るため―|山根知子|日文エッセイ197

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日本語日本文学科

日文エッセイ

入試情報

【著者紹介】
山根 知子(やまね ともこ)

近代文学担当
宮沢賢治・坪田譲治を中心に、明治・大正の小説や詩および児童文学を研究しています。


宮沢賢治からフランシスコ教皇、そして中村哲氏へ
    ―すべてのいのちを守るため―



私にとっての宮沢賢治研究

 宮沢賢治の研究を始めて30年余りの年月が経過し、これまでの研究が私自身の人生の歩みといかにつながっていたか、辿ってみたいと思っていました。
そうした時に出版社から原稿依頼があり、その機会に恵まれ、このたび『わたしの宮沢賢治―兄と妹と「宇宙意志」―』(2020年2月 ソレイユ出版)を刊行し、その過程を辿ることができました。
 大学時代に、宮沢賢治の人生とその文学の魅力に目覚めた私は、ここに私の求めるものがあると思いました。また同時期に、作家遠藤周作と共に日本人の心情でキリスト教をとらえなおすことをめざしたカトリック司祭である井上洋治神父に出会い、学び始めました。
宗派宗別を超えた普遍的な宗教性の深さを持つ二人との出会いによって、私は、私なりに宮沢賢治研究を通してその文学から信仰の深さを学び、宇宙と自分との関係を知る貴重な契機としてその研究を進めたいと思いました。
 振り返れば、私の研究の歩みは、「あらゆるいのち」を「ほんとうの幸福」に至らしめようとする「宇宙意志」を信じる賢治の信仰がいかなる過程でどのような理解へと深まっていったかという賢治の求道性を明らかにする方向にありました。
 この解明を自分なりに進めていくことができたのは、日本人カトリック神父として日本の仏教や神道の根幹にある日本人の基層的宗教性に根ざしながら、「生きとし生けるもの」を慈しむ神の愛を教えるイエスの福音を日本人に伝えようと信仰の道を生きていた井上洋治神父から、この30年余り教えを受けることができたからだと有難く思われます。

                        
 
  

山根知子『わたしの宮沢賢治 ―兄と妹と「宇宙意志」』

山根知子『わたしの宮沢賢治 ―兄と妹と「宇宙意志」』

長崎でのフランシスコ教皇ミサ

 2019年11月24日の朝、雨の降る長崎で、私は、長崎県営球場でのミサに向かいました。
フランシスコ教皇が今回の来日に際して、長崎で被爆した少年がその小さな弟の亡骸を背負い火葬場で順番を待つ写真に、以前から深く心を寄せておられたことが想起されました。
会場では、ミサの時間が近づくとともに雨が上がり、見る間に青空が開け、まぶしいばかりの光のなかで「被爆マリア像」を壇上にあおぎみながらミサが開始されました。
教皇フランシスコ来日のテーマについて、ミサで配布された式次第に「すべてのいのちを守るため」とあり、「人間一人ひとりの尊厳はもちろんのこと、環境も大切にされなければなりません」とかかげられていました。つまり、「すべてのいのち」とは、被造物すべてのいのちを指しています。
そうしたテーマで、このミサは、フランシスコ教皇の『回勅 ラウダート・シ』をもとに作られた「被造物とともにささげるキリスト者の祈り」を唱えることから始まりました。その祈りの言葉のなかで、「愛の神よ、/地球上のすべての被造物へのあなたの愛の道具として、/この世界でのわたしたちの役割をお示しください。/あなたに忘れ去られるものは何一つないからです」という、地球上の生きとし生けるものを視野に入れたなかで一人ひとりの愛の思いからくる使命を呼び覚ます祈りの言葉が心に響きました。
日頃から研究している宮沢賢治の心と響き合う精神を、「地球上のすべての被造物」のために祈るフランシスコ教皇の心に感じたのです。

2019年11月24日長崎県営球場にて

2019年11月24日長崎県営球場にて

宮沢賢治と中村哲氏

 私は、以前から宮沢賢治の精神と、13世紀のイタリアを生きたアシジの聖フランシスコ(1182-1236)の精神とのあいだに、重なり合う求道性を感じて言及したこともありました。
このアシジの聖フランシスコという聖人の名から、みずからの教皇名フランシスコを選んだフランシスコ教皇が、就任以来アシジの聖フランシスコの求めた道を現代の世界で追っている姿に感動を覚えます。
この聖フランシスコの貧しい人や見捨てられた人を慈しみ自然との調和をめざす精神は、宮沢賢治が、人も動物も植物も含めた生きとし生けるものを、この地上に生と存在の場を与えられた意味を求めて野山を歩きながら思索し文学創作した思いと通じてくるものと思われてなりません。

教皇来日から約10日後の12月4日、ペルシャワール会の医師・中村哲氏がアフガニスタンで銃殺されたというニュースに衝撃を受けました。私は、現代において宮沢賢治のような働きを行っている中村氏のキリスト教信仰に裏打ちされた使命感を思い起こさざるを得ませんでした。
15年ほど前の2004年9月、私は花巻にいて、当時出版した著書『宮沢賢治 妹トシの拓いた道』に対して「宮沢賢治賞奨励賞」をいただき、授賞式に臨んでいたときのことでした。壇上で、中村哲氏の「宮沢賢治イーハトーブ賞」受賞が紹介されました。しかし、中村氏は会場にはおらず、代理の方がご本人から預かってきた受賞の言葉を読みあげ、また壇上のスクリーンにはアフガニスタンでの旱魃のなか灌漑用水路を引きのばしていく映像が映されました。
受賞の言葉で中村氏は、賢治の詩「雨ニモ負ケズ」や童話「セロ弾きのゴーシュ」に触れて、「遭遇する全ての状況」が「天から人への問いかけ」だと捉えるなかで、自身も「ヒデリノトキハナミダヲナガシ/サムサノナツハオロオロアルキ」という歩みをしながら、その天から人への問いかけに対する「応答の連続が、即ち私たちの人生そのもの」であり、ゴーシュの姿が自分と重なると語っていたのです。
事件後のニュースでは、クリスチャンである中村氏が、現地のイスラムの人たちの幸せを願い、モスクの建設までしていたという事実も、私の胸を打ちました。
「すべてのいのちを守るため」―フランシスコ教皇のメッセージに接し、すべてのいのちの幸せを願って生きた宮沢賢治との共鳴を感じながら、さらにその精神を実践していた中村氏への哀悼の想いをかみしめながら、私自身も「宇宙意志」とつながる自分なりの道を模索したいと願われます。



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