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日本語日本文学科

2007.12.03

文字は読めればよいのか ―筆順のこと―|佐野 榮輝|日文エッ セイ50

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日本語日本文学科

日文エッセイ

佐野 榮輝 (書道担当)
書の実技・理論を通して多様な文字表現を追求しています。
 
 今や文字は書くものから打つものに変貌した観がある。伝達手段としての文字の機能に限って、読めさえすればよいだけなら、筆順についてとやかくうるさく言うつもりはない。だが最近とみに学生の筆順に対する認識の希薄さに震撼している。中等国語教育志望の学生にしてからがそうなのだから、他は推して知るべしなのだろう。

「筆順テスト」(佐野榮輝・作)

「筆順テスト」(佐野榮輝・作)

 この学生たちには毎年度初めに「筆順テスト」を実施している。『筆順指導の手びき』に準拠し、特に誤りやすい漢字チェックポイント計50を基礎調査としているが、漢字学習の初期に正しい筆順指導がなされていないこと著しい。基本的な筆順が身に付かないまま、現在に至っている学生が増え、テストの後でも筆順の誤りは目に余る。何故、大学生がと思うこともたびたびだが、一度間違えて覚えてしまった筆順は矯正することが難しい。筆順の基本的習慣は、新出漢字が頻出する小学3年までには、すでに確立してしまうとも指摘されており、この時期の的確な指導の繰り返しが必須であろう。筆順は漢字を正しく書くことと直結しているのだから。
 筆順は、文字を手書きにすることによって書き表すときの、点画の組み立ての順序で、「書き順」ともいう。楷書の場合、ふつうには同一の文字は同一の筆順で書かれるが、中には数通りもの筆順があるものもあり、基本的には右手で手書きしやすい合理的順序性が、長い間の経験から書字慣習として定着した。
 現行の『小学校学習指導要領』(平成10年12月告示)国語科では〔第1学年及び第2学年〕の〔言語事項〕に、
 
点画の長短、接し方や交わり方などに注意して、筆順に従って文字を正しく書くこと
 
とただ一度しか出てこないが、以後の学年にあっても、筆順指導は漢字教育の根幹となるべき指導事項であるはずである。基礎・基本の徹底が叫ばれたにもかかわらず、筆順指導は積み残されて現在に至っているように感ずる。 
 筆順に対する公的方策として、昭和33(1958)年3月、881字の筆順例が、『筆順指導の手びき』として文部省から刊行され、今日まで学校教育の基準となっている。私はその4月に小学校に入学しているから、同『手引き』のスタートと重なる。
 その後、昭和52(1977)年以降、教科用図書検定基準で「漢字の筆順は、原則として一般に通用している常識的なものによる」と、筆順の一字一則主義はトーンダウンしてしまった。「一般に通用している常識的なもの」とはおそらく、同『手びき』に掲載された他の筆順を想定していたのだろうが、結果として、筆順指導を躊躇させ、筆順原則無用論と化してしまったのではなかろうか。
 学生たちに筆順テストでの反省を込め、夏期課題としても筆順を見直させているにもかかわらず、中に、「一般に通用している常識的なもの」とは大きく乖離した、私の思いも及ばない筆順を駆使するものもまま見受けられる。筆順指導が教育現場でトーンダウンしたであろうその世代が、今後、大学生として教職を志望する学生たちなのである。「一般に通用している常識的なもの」とは、結局、読めさえすればよいとする安易な方向に転換したことなのだろうか。
 一回性としての筆順は、書写される文字の「真・善・美」を包括している。もっとも現行の『学習指導要領』では、書の「美」は高等学校芸術科書道まで待たなければならないとしても、小中学生にとっても自ずからその美は享受されうるものである。
 教師の板書は、一画一画が時間の推移とともに文字を現出するパフォーマンスである。板書での筆順はその書風とともに生徒の文字認識に大きく作用するであろう。
 特に感性の鋭くまだ書字規範が定着していない小学生にとっては、板書はノートに書き写す際の模範となる。間々、担任が替わる毎にその書きぶりまでもが変貌する事例を見てきているだけに、他の多くの児童生徒もその感化を蒙っているかと思われる。
 小学初期で筆順の基礎的習慣を確実に身に着け、その後の発展が達成できるという前提をもって、初めて、中学一年の書写で初習する「行書の筆順の変化」が効力を発揮するのであり、それなくして筆順変化を学習することは、何の意味も持たないであろう。
 初等・中等教育志望の学生に対し、今一度、文字教育の根幹としての手書きするための自身の筆順を見直してほしいと、機会あるごと厳格に指導せざるをえない現状である。

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