• Youtube
  • TwitterTwitter
  • FacebookFacebook
  • LINELINE
  • InstagramInstagram
  • アクセス
  • 資料請求
  • お問合せ
  • 受験生サイト
  • ENGLISH
  • 検索検索

日本語日本文学科

2010.06.01

気になる「き」|尾崎 喜光|日文エッセイ80

Twitter

Facebook

日本語日本文学科

日文エッセイ

日本語日本文学科 リレーエッセイ
【第80回】2010年6月1日

気になる「き」
著者紹介
尾崎 喜光(おざき よしみつ)
日本語学担当
現代日本語の話し言葉の多様性に関する社会言語学的研究。日本語の男女差、年齢差(加齢変化)、地域差(方言)、方言と共通語の使い分け、敬語行動、現在進行中の言語変化、韓国語との対照言語行動研究など。研究テーマも多様。

言語研究者という者は...
言語研究者というのは世間一般からすると少々変わり者かもしれません。何しろ言葉に乗せて伝えられるメッセージの内容よりも、メッセージの形そのものに注目する傾向を持つ人間ですから。キャンパス内で学生たちの会話を聞いていても、話の中身よりもむしろ言葉そのものについ注意が向いてしまいます。

話し言葉を中心に研究している私の場合、発音にも注意が向きます。学生たちの会話を聞いていると、「シ」を[si]、「ジ」を[zi]に近く発音している人が結構いるようです。例えば「自分で」は「ズィブンデ」のように発音されます。舌の先端を使い、やや弛緩させながら「ズィ」と発音しているようです。じつはこうした発音傾向は以前から指摘されていました。しかし、国立国語研究所という学生から隔絶された世界で長年研究していたため、身近でこの発音を聞く機会はあまりありませんでした。4月からはこうした発音を毎日聞くことができ、研究者としてこんなにありがたいことはないと思っています。

手書きの「さ」と「き」
さて、最近気になる別のことに手書きの文字があります。文字でよく話題になるのは漢字です。森鴎外の2つ目の漢字を「鴎」で書くか「入」で書くかなど、一時期よく話題になりました。しかし、私が気になるのは漢字ではなくひらがな、しかも手書きの「さ」や「き」です。

今皆さんが読んでいるこの文章の「さ」をよく見てください。第2画と第3画が繋がっていることに気付いたでしょうか。「き」もこれと同様です。

私たちが小学校で習うのは「教科書体」と呼ばれる字体で、「さ」や「き」の左下は離れています。子供たちが混乱しないよう、教科書でもこの字体が使われています。

小さい頃そうした教育を受けたため、「さ」や「き」の左下は離して書くものであり、繋げて書くのは活字だけだと思っていました。ところが、左下を繋げて書く人がいることに最近気付き、少々びっくりしました。気になることは調査してみるというのが私の悪いクセ、ではなく言語研究者です(杉下右京さんの言葉も気になります)。

図1

図1

図2

図2

図3

図3

調べてみると...
2009年3月に、全国から無作為に選ばれた成人約800人を対象に言葉を調査する機会を得ました。その調査の中で人名の「佐々木」をひらがなで書いてもらいました。これにより、「さ」や「き」の左下を繋げて書く人がどれくらいいるかを把握しようとしました。

有効回答802人の字体を分析すると、圧倒的に多いのは左下が不連続の字体でした。典型的には図1のような字体です。しかし、図2のような左下を繋げた字体(「さ」だと「ち」の鏡文字になります)の人も、割合としては少ないものの確かにいました。ここで注目されるのは図3のような字体です。左下は繋がっているのですが、図2と比べると随分異なります。このようないわば流れ的に連続する字体で書く人の割合は、年齢層が高くなるほど多くなります。「ささき」の「き」の場合を示すと図4のとおりです(「N=」の数値は回答者数です。漢字等による不適切な回答が若干あったため合計が100%にならない部分があります)。

図2のような「き」は全体で4.2%に過ぎませんが、年齢層が高くなるほど数値が高くなる傾向がやはり見られます。ポップな字体の雰囲気から、若年層ほど数値が高くなると思っていたのですが、結果はその逆でした。

図4

図4

これらのことを考え合わせると、図2のような独特な字体は、図3のような流れ的に連続する字体を背景に成立したものではないかと推測されます。当初私には"突然変異"として新しく生まれた字体かと思われたのですが、そうではなくそれには背景的な事情があるらしいことが、多人数調査の結果を年齢層別に分析することで見えてきました。

日本語日本文学科
日本語日本文学科(ブログ)

一覧にもどる