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日本語日本文学科

2010.08.02

文学作品からイジメを考える|綾目 広治|日文エッセイ82

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日本語日本文学科

日文エッセイ

日本語日本文学科 リレーエッセイ
【第82回】2010年8月2日

文学作品からイジメを考える
著者紹介
綾目 広治(あやめ ひろはる)
近代文学担当
昭和~現代の文学を、歴史、社会、思想などの幅広い視野から読み解きます。

芥川賞作家の川上未映子を知っていますか?まだ若い女性作家ですが、昨年9月に『ヘヴン』(講談社)という小説を上梓(じょうし)しました。問題作だと思われます。ぜひ、読んで戴きたい小説です。


―1991年の春、中学2年生の「僕」は斜視を理由に学校でイジメに遭(あ)っていましたが、ある日、
筆箱に「わたしたちは仲間です」という手紙が入っているのを見つけます。同じクラスで「僕」のよ
うにイジメに遭っている女生徒「コジマ」からの手紙でした。「コジマ」はクラスの女子たちからイ
ジメを受けていたのです。二人は文通を始め出し、やがて一緒に美術館に絵を見に行くようにもな
り、彼らの間にはイジメられっ子同士の友情が芽生えてきます。そんな中でも「僕」に対してのイジメは続いていて、ゴミを机の中に詰め込まれたり、壊れたバレーボールを頭に被らされてサッカーボールとして蹴られる〈遊び〉で頭と顔が血だらけになったりすることもありました。しかし「僕」は多くのイジメられっ子と同じく、教師や家族にはイジメの事実を隠そうとします。―


『へヴン』は被害者の視点から想像を絶するようなイジメの酷さが読み手に伝わってくる小説です。川上未映子の筆力に牽引(けんいん)されて一気に読み終えることができますが、それにしても読むのが辛い物語です。

ただ、この物語に救いがあるとしたら、イジメられている「僕」と「コジマ」が共に賢いことです。とくに「コジマ」は高貴な精神を持っているとさえ言えます。「コジマ」は「僕」に、「あの子たちはークラスのみんなはね、なにもわかっていないのよ。(略)自分のしたことが人をどんな気持ちにさせるものなのか、人の痛みなんて考えたこともないの」と語り、手紙の中では「わたしがあの子たちの犠牲者だとしたら、あの子たちもまたなにかもっと大きなものの犠牲者なのじゃないかと、そう思ったりするのです」、「わたしがあの子たちの仕打ちから学んだように、あの子たちもいつか自分たちの行為から自力で学び、そして知る必要があるのだと思います」と語ります。「コジマ」はイジメの本質とさらにその背後にある問題にも眼が届いています。賢い少女です。

また「コジマ」は、「僕」と一緒に行った美術館にある一つの絵を好きだと言っています。それは恋人たちが部屋でケーキを食べている絵なのですが、「コジマ」によれば、その部屋は「つらいこと」「悲しいこと」を乗り越えた二人が「しあわせのなかに住むことができている」部屋であり、「コジマ」はその部屋のことを「へヴン」と呼んでいます。この「ヘブン」という命名には、「コジマ」の痛切な希(ねが)いが込められていると言えましょう。
物語は、「僕」が手術を受けて斜視が治り、これまでと違って世界が「美し」く見えた、というところで終わっています。明るさがほんの少しだけある終わり方ですが、それにしても、このような陰惨なイジメはなぜ無くならないのでしょうか。

子どもの社会は大人社会の縮図であると言えます。大人社会にイジメの構造があるからこそ、学校などの子ども社会にもイジメ問題が発生するのではないかと考えられます。一般社会における様々な差別問題も、実は〈社会的イジメ〉問題と言えましょう。イジメ問題の真相については社会学者の研究などを俟(ま)たなければなりませんが、『ヘブン』のような現代文学の小説に描かれたイジメ問題を考えることは、私たちが生きている現代社会のあり方そのものを考察することでもあります。本学科の講義の中には、現代文学が提起する問題を積極的に取り上げて、文学作品の分析を通して私たちを取り巻く社会を、そして社会の〈今のあり方〉を考察していく授業があります。文学作品の考察は、単にアカデミックな研究のレベルに終始するのではなく、「コジマ」の言う「しあわせ」と深く繋がっていると思います。本学科で、文学研究を通して現代社会の問題や私たちの「しあわせ」の問題を一緒に考えてみませんか。

画像は、『ヘヴン』表紙(川上未映子著、講談社)

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