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日本語日本文学科

2010.11.01

真金吹く吉備の中山 ~枕詞と歌枕の謎~|片岡 智子|日文エッセ イ85

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日文エッセイ

日本語日本文学科 リレーエッセイ
【第85回】2010年11月1日

真金吹く吉備の中山 ~枕詞と歌枕の謎~
著者紹介
片岡 智子(かたおか ともこ)
古典文学(平安)・日本文化史担当
文学と文化史の観点から古代文学、主に和歌を研究しています。

はじめに~枕詞と歌枕~
和歌には「枕詞(まくらことば)」と「歌枕(うたまくら)」という、独特の働きをする修辞(レトリック)のための言葉があります。簡単に言うと枕詞とは最初にその歌の世界を引き出してくれる磁石のような一句であり、歌枕とは由緒ある特別な場所、歌にふさわしい名所をあらわす地名のことです。

ご存じのように枕詞で「ひさかたの」というと、「ひかり」をすっと引き出してくれます。その結果、とてもスムースに、そしてスマートにのどかな春の日が実在感を伴って表出されることになります。このように枕詞の磁力は様々なものを引き出しますが、古くはもっぱら地名である歌枕を呼び出すことから始まったようです。いずれにしても枕詞と歌枕は、いまだ謎に満ちている不思議な歌の言葉にほかなりません。

吉備の枕詞
岡山の歌枕といえば「吉備の中山」ということになりますが、その「吉備」を導き出したのが「真金吹く」という一句でした。

真金吹く吉備の中山帯にせる細谷川の音のさやけさ

この歌は平安朝の第一勅撰集である『古今和歌集』の「神遊びの歌」に入っています。宮廷で仁明天皇が即位される時に催された大嘗祭(だいじょうさい)で詠われた歌で、単なる風景の歌ではありません。

「真金」(まがね)は本当の金属という意味で、黄金あるいは鉄だといわれています。そして「吹く」とは金属を精錬する工程において風を送る作業のことです。したがって「真金吹く」は金属を溶解し、精錬するという、古代における最先端の技術をあらわした褒め言葉なのです。褒めることによって、それにふさわしい地名である「吉備」に掛かっていきます。他には『万葉集』に一例(巻十四・三五六〇)しかないので「真金吹く」は枕詞ではないという説もありますが、歌枕を導き出す表現の働きから枕詞だと認めないわけにはいきません。ちなみに『時代別国語大辞典』や多くの研究者が枕詞説を容認しています。

「吉備」は黍の国か
枕詞の「真金吹く」が直接、掛かっていくのは「吉備」(きび)という地名です。吉備とは備前・備中・備後の三国のことで、後に分国される美作も入れて、現在の岡山県を中心に兵庫県西部と広島県東部を含めた広い地域の総称です。歴史学で「吉備王国」とも称されるように弥生時代から古墳時代を通じて大いに栄えました。そのような吉備の国の先進文明が鉄をはじめ金属の精錬、精製の技術だったのです。

大和朝廷から一目も二目もおかれ、恐れられてもいたようです。おなじみの桃太郎は大和への服属をうながすために派遣された孝霊天皇の第四王子がモデルだといわれています。平安時代になっても特別な地域であったことは、すでに述べたようにこの歌が大嘗祭で詠じられていることからもわかります。

ところで、ここで歌枕となった「吉備」の語源はいまだ定かではありません。岡山県の地名については昭和五年に出版された『岡山県県史』の「地名考」に及ぶものはなく、吉備についても文献を博捜して考察しています。「吉備はキビ(黍)にして吉備国の土地、黍殻の耕種に好適しその産額る多く古来黍酒、黍団子の料となりし」といって、黍に適した土地柄であり、黍酒や黍団子が名産であること、「黍は黄実キミ、転じてキビ」であり、「岐美、岐備、吉備、寸簸、黄薇」などの漢字の用い方はすべて当て字で、皆通じると説明しています。そして「吉備の国名が阿波、安房の粟、紀伊の木の産地に名づけたると同じく、黍の産地に因めること疑いなし。」と結論付けるのです。

吉備の黍説は、今も名物の吉備団子の由来がわかって面白いし、阿波の徳島が粟で、紀伊の和歌山が木の国で、吉備の岡山が黍だという説も説得力があります。しかし万葉学者からは、キミが転じてキビとなるという点について音韻上、無理があると指摘されています。したがって黍説は保留にされたままです。吉備の語源が明確になれば、枕詞との関連をさらに緻密に分析できることでしょう。今後の研究課題です。

おわりに~吉備の中山とは~
最後になりましたが、枕詞「真金吹く」が吉備を導き出し、いよいよ本番の「吉備の中山」が登場します。
吉備の中山は吉備平野と岡山平野の中間にある山で、古くは「吉備の児島」と呼ばれました。文字通り吉備の国の中心に位置している聖なる神体山で、港があり、吉備津彦の本拠地でした。航空写真で上空から撮影するとかつて島であったことがわかります。南側が庭瀬です。庭瀬という地名も神の山の前の海の瀬という意味だと考えられます。現在、その麓を東西に新幹線が通っています。
その吉備の中山の西側の麓には備前の一宮の吉備津彦神社が、東側の麓に備中の一宮の吉備津神社が鎮座しています。一つの山に二つの一宮が依りついている例は他にありません。吉備における最も聖なる山であり、分国されるとき二つの国がそれぞれの国の神の山と主張したのだと思われます。これほど歌枕にふさわしい山はありません。

ここまで歌を通して吉備の枕詞と歌枕について述べてきましたが、つぎの機会には三句目の「帯にせる細谷川」からお話したいと思います。

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