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日本語日本文学科

2012.06.01

エンターテインメント文学から現代日本社会を考える|綾目 広 治|日文エッセイ104

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日文エッセイ

日本語日本文学科 リレーエッセイ
【第104回】2012年6月1日

エンターテインメント文学から現代日本社会を考える
著者紹介
綾目 広治(あやめ ひろはる)
近代文学担当
昭和~現代の文学を、歴史、社会、思想などの幅広い視野から読み解きます。


高村薫(たかむら・かおる)という作家の小説『新リア王』上・下(2005年)を読んだことがあります
か?これは、青森選出の保守派の代議士で引退間近の老いた政治家である福澤栄(ふくざわ・さかえ)という人物が主人公の小説です。この小説は、福澤栄と彼の子どもたちとの対立が物語の主軸になっているのですが、そこがシェイクスピアの『リア王』との類似性があり、『新リア王』という題名になったと考えられます。

物語のクライマックスは、青森県の下北半島に原子力再処理工場を誘致するかどうかをめぐって地元政界や経済界が紛糾(ふんきゅう)するところです。誘致問題に対して福澤栄はこう思います。「もしも核燃料サイクル事業が夢半ばで撤退したあかつきに残るのは、放っておけば土に帰る鉄筋コンクリートの残骸では済まない。(略)抽出されたプルトニウムや高レベル廃棄物の埋没もそこに加わる。(略)下北はいつの日か戦後の原子力政策の行き詰まりの、すべてのツケを払う土地になる」、「そんな話があってよいはずはないではないか!」、と。この誘致は、現在も問題になっている、全く見通しが立っていないプルサーマル計画のための、放射性廃棄物の中間貯蔵地と再処理工場のことです。

誠実な精神の持ち主である福澤栄は、下北半島が放射性廃棄物で汚染されることになるかもしれない危険性を真剣に憂慮(ゆうりょ)しているわけです。今回の原発事故でよく知られるようになったと思われますが、プルトニウムとは放射性廃棄物の中でもとりわけ危険な物質のことで、たった1キログラムで地球上の全人類を癌死させることができるという猛毒物質です。因(ちな)みに、プルトニウムの名はローマ神話の地獄の神と言うべきプルートーの名前を採って付けられたそうです。それだけ、禍々(まがまが)しい物質だということです。
さて、物語は、目先の利益を優先する県の政財界や中央の政財界の思惑(おもわく)などが絡(から)んで、結局、原子力再処理工場を誘致するという話になっています。福澤栄もその誘致に対して憂慮はしていたものの、反対の意思を強く主張することもなく、周囲の圧力に押し切られてしまいます。その誘致は、本当に地域住民の生活のためになるのか、さらには本当に日本社会のためになるのかということは二の次にされ、直接の関係者の利害が最優先されて政治的な決定が行われしまう日本社会のあり様を、私たちは『新リア王』から読みとることができます。昨年の原発事故から、私たちはそのことに今更ながら気づかされたわけですが、高村薫はフィクションの形を借りて、原発問題に関わらせながらその問題にいち早く警鐘(けいしょう)を鳴らしていたと言えましょう。もちろん、『新リア王』の話はあくまでフィクションです。しかし、六ヶ所村への中間貯蔵地の誘致については、かなり事実に近い事柄も含まれていると考えられます。

エンターテインメント文学とは、別の言葉で言えば大衆文学のことですが、今起きている現代社会の問題は、昨今では、いわゆる純文学の作品よりもエンターテインメント文学の方が果敢(かかん)に取り上げる傾向があるようです。あるいは、現代社会の事柄を先取りすることも、しばしばあります。たとえば昨年の国立大学の大学入試で問題になった、携帯メールを使ったカンニング事件は、やはりエンターテインメント作家である貴志祐介(きし・ゆうすけ)が、すでに小説『悪の教典』上・下(2010年)の中に取り入れて問題にしていました。現実の方がこの小説を後追いした形です。

ノートルダム清心女子大学の日本語日本文学科では、日本近代文学史上に名が残っているいわゆる純文学の名作だけでなく、古くは中里介山(なかざと・かいざん)の『大菩薩峠』(だいぼさつとうげ)や吉川英治の『宮本武蔵』などの時代小説や、江戸川乱歩や横溝正史などの推理小説から、さらには近年のホラー小説も含んだエンターテインメント文学をも、講義で扱うことによって現代社会の問題を考察します。これらの文学を通して私たちの住む日本社会の問題を一緒に考えてみませんか。

画像は、『新リア王』上下巻 高村薫著 単行本 新潮社刊

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