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日本語日本文学科

2012.07.01

岡山に残る古典文法と新しい方言|尾崎 喜光|日文エッセイ105

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日文エッセイ

日本語日本文学科 リレーエッセイ
【第105回】2012年7月2日

岡山に残る古典文法と新しい方言
著者紹介
尾崎 喜光(おざき よしみつ)
日本語学担当
現代日本語の話し言葉の多様性に関する社会言語学的研究。日本語の男女差、年齢差(加齢変化)、地域差(方言)、方言と共通語の使い分け、敬語行動、現在進行中の言語変化、韓国語との対照言語行動研究など。研究テーマも多様。
 
新聞に見る岡山の方言
言葉の地域差に関心をもって研究を進めている者にとって、観光ポスターなどで使われている岡山の方言は興味深く、道を歩きながら思わず注視してしまいます。書き言葉で岡山の方言が見られる媒体としては地元の新聞もあります。特に読者投書欄では、会話を引用する「 」の中にしばしば方言が見られます。高年層の投稿者に多いようです。面白い表現を見つけると切り抜いて電子化し、授業でも使えるようにしています。

投書欄以外で岡山の方言らしき表現を見ることもあります。たとえば、岡山ネットワーク株式会社が運営するoniビジョンが提供するインターネットサービスの新聞広告がそうです。サービスの名称は「軽ネット」ですが、「軽」という漢字に「かろ」とルビが振ってあります。最初は見間違いかと思いもう一度よく見たのですが、確かにルビは「かろ」であり、「かる」ではありません。マスコットのワンちゃんも、読者に向かって「かろ?」と問いかけています。ワンちゃんの「かろ?」に漢字を宛てるとおそらく「軽」であること、また広告全体のメッセージを考え合わせると、「かろ?」は「軽いだろ?」とか「軽いでしょ?」(=「低価格でお手軽でしょ?」)という意味であり、その語形を少しひねったものではないかと推測しました。もっとも、命名した担当者に確認したところ、残念ながらこの推測は少しはずれていて、「かろ」は「軽やか」に由来するとのことでした。しかし、私が「軽やか」ではなく「軽い」に由来すると推測したのには、じつは次のような理由があります。
 
形容詞の推量的確認表現「~かろ?」
「軽い」は品詞分類でいうと形容詞です。これを、話し手の推量として相手に確認する表現に変えると、共通語では「軽いだろ?」や「軽いでしょ?」となります。たとえばとても軽いランドセルを子どもに背負わせて尋ねるとき、「これ、軽いだろ?」とか「これ、軽いでしょ?」と言います。これを岡山の方言で言うと「これ、軽かろ?」となります。そこで、「かろ?」は「軽かろ?」を縮めて少しひねった表現ではないかと推測したのです。これと同様の表現はシク活用の形容詞にも見られ、「楽しいだろ?」や「楽しいでしょ?」は、岡山では「楽しかろ?」となります。

この「~かろ」という表現は、単純な推量の意味であれば、「明日も寒かろう」のようにやや改まった書き言葉として共通語でもまだ多少使われていますが、推量しながら相手に確認する用法は失われています。その用法が岡山の方言にあるのです。国立国語研究所が編集した『方言文法全国地図』によると、単純な推量としての「高かろう」が使われている地域は、岡山県のみならず中国・九州地方・高知県・富山県などにも広がっています。そこから考えると、推量的確認表現の「軽かろ?」の分布もそれとかなり重なり、岡山県以外でも使われているものと考えられます。

この「軽かろ」という表現は、古典文法の「軽からむ」に由来します。これが「軽からう」→「軽かろう」と変わり、さらに相手への確認まで含む場合は末尾が短くなって「軽かろ?」となる場合もあるのです。岡山の「軽かろ?」や「楽しかろ?」は、じつは古典文法での形が、少し変わって現在まで残ったものなのです。
 
変わりゆく岡山の方言
では、現在の大学生が「軽かろ?」「楽しかろ?」と言うかというと、少し疑問です。中にはそう言う人もいるでしょうが、「軽いじゃろ?」「楽しいじゃろ?」と言う人の方が多そうです。
そこで、2011年12月に、私のある授業の履修者を対象に、次のようなアンケートをとってみました。12月ですので形容詞は「寒い」としました。回答者は71人で、85%は岡山県出身です。

友達との会話場面を考えてください。
きょうはとても寒い日です。それなのに友達はコートを着ていません。そんな恰好では寒いのではないかと友達に聞くとします。次のうち、自分で言うことがあるものすべてに〇を付けてください。
1.(それじゃ)寒かろ?
2.(それじゃ)寒いじゃろ?
3.(それじゃ)寒いやろ?
4.(それじゃ)寒いだろ?
5.(それじゃ)寒いでしょ?


それぞれの表現について「自分で言うことがある」と回答した人の比率を示すと次のグラフのとおりです。

伝統方言の「寒かろ?」の使用者率は4割にとどまり、「寒いじゃろ?」がその2倍の8割近くに達していることがわかります。若年層の間ではむしろこの表現の方が一般的と言えます。この関西バージョンである「寒いやろ?」を使う人も一定の割合いる点も注目されます。

「寒いじゃろ?」はもちろん共通語ではありません。ですので「寒いじゃろ?」は岡山の新しい方言形ということになります。方言というと上の世代の人たちが使う昔の言葉だと思う方が多いと思いますが、このように若い人々を中心に使われるようになった、新しく生まれた方言形というものもあります。

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