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日本語日本文学科

2013.01.01

他者への想像力|新美 哲彦|日文エッセイ111

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日文エッセイ

日本語日本文学科 リレーエッセイ
【第111回】2013年1月10日
他者への想像力
著者紹介
新美 哲彦(にいみ あきひこ)
古典文学(平安)担当

平安・鎌倉時代に作成された物語について、江戸時代に至るまでの受容の歴史も含めて研究しています。


 文学を読む、学ぶということは、文章を読み解くことで他者への想像力を育てるという営為でもある。

 6月、妻の友人から手紙をもらった。
・・・・・
 このたび、避難生活を終え、福島のアパートに戻ることにいたしました。(中略)
 3月11日。震災が起きたときに、私は当時1歳の息子と公民館におりました。立っていられないほどのすさまじい揺れに驚き、しがみつく息子を抱っこしながら、座り込んでしまいました。(中略)
 あとから知ったことですが、うちの夫は海辺の勤務先から津波に追われて必死で逃げたそうです。
 震災直後電話はすぐに不通になりました。(中略)食品を購入したくても、お店が開きません。パン3個を手に入れるため、何時間も並ぶ様子でした。それでも、地震の余震がおさまってさえくれれば、いつもの日常が戻ると信じていました。
 しかし、まさかの原発事故が報道されはじめました。避難指示が拡大するにつれ、いいようのない恐怖が襲ってきました。私が住むアパートは原発から約40キロメートルです。私の親から少しでも離れた方がよいといわれ、持てるだけの荷物を持ち、夜になって車で原発から60キロメートルの実家に向かいました。町は静まりかえり、不気味な静けさでした。
 さらに刻々と悪化する原発事故の報道を聞き、ついに父の友人を頼り、避難を決断しました。実家を出た途端、数珠つなぎの渋滞の道路に驚きました。こんな光景は初めてでした。少しでも離れようとみんなが考えていたのでしょう。放射線を含んだ雨が降る中、ぎりぎりのガソリンを心配しながら必死に避難しました。栃木では、久しぶりにお風呂に入れたことやスーパーに食品が並んでいるのを見て、福島に残っている家族に届けたいと涙しました。しばらくして、夫は仕事のために福島に戻りました。
(中略)
 福島に戻る決断をしたことがよいことなのかどうかは、正直わかりません。新聞で報道される放射線量の値は低下しつつあります。しかし、アパートの部屋の中、近くの道路、草が生えている空き地、身の回りを測定してみるといろいろな数値が出ます。はたして外で遊ばせてもいいのでしょうか。食べ物や水は安全なのでしょうか。将来この子たちが病気になってしまわないようにどうしたらいいのでしょうか。心配はつのり、それが日々のストレスになっていきます。線量計で放射線の数値を測定しても、講演会や本で学んでも不安は消えません。自然豊かなところほど、数値があがる恐怖があります。喜んで棒を拾い、草花をつんでいる子どもの隣で、手をなめないようにと必死で叱っています。外に出ないわけにはいかないので、遊んでいます。
 原発事故はまだ終わったわけではありません。これからも心配は続くことでしょう。(後略)(差出人の許可を得た上で、地名など適宜文面を変更している)
・・・・・
 7月、昔の教え子に、ウルグアイのムヒカ大統領の演説(国連持続可能な開発会議(リオ+20)。2012年6月20日~22日,ブラジル(リオデジャネイロ))を教えられた。
・・・・・
質問をさせてください:ドイツ人が一世帯で持つ車と同じ数の車をインド人が持てばこの惑星はどうなるのでしょうか。息するための酸素がどれくらい残るのでしょうか。同じ質問を別の言い方ですると、西洋の富裕社会が持つ同じ傲慢な消費を世界の70億~80億人の人ができるほどの原料がこの地球にあるのでしょうか?可能ですか?(中略)
根本的な問題は私たちが実行した社会モデルなのです。そして、改めて見直さなければならないのは私たちの生活スタイルだということ。(中略)
そして自分にこんな質問を投げかけます:これが人類の運命なのか?私の言っていることはとてもシンプルなものですよ:発展は幸福を阻害するものであってはいけないのです。発展は人類に幸福をもたらすものでなくてはなりません。愛情や人間関係、子どもを育てること、友達を持つこと、そして必要最低限のものを持つこと。これらをもたらすべきなのです。
(Akira Uchimura訳・http://hana.bi/2012/07/mujicaspeech-nihongo/より引用)
・・・・・
 どちらもいわゆる「文学作品」ではない。だが、どちらも、この半年ほど、私の頭を離れない文章である。

 現在、教育現場ではコミュニケーション能力の育成が大きな課題となっている。一方、ネット上においても、現実世界においても、一見論理的に見える揚げ足とり的な言辞が目に付く。コミュニケーション能力とは、素早く相手の弱点を見つけ、相手を言い負かすことではない。他者への想像力抜きにコミュニケーションは成立し得ないことを、我々は十分に認識する必要があろう。

 自分の貧弱な意見を、断定的に、一方的に言い放ち、相手の意見を切り捨てるのではなく、他者への想像力を育て、誠実に意見をすりあわせていく勇気と喜びの中にこそ我々の未来はある。

写真:蒜山高原。このような高原の中で思う存分走り回れない子どもを想像してみてください。

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