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現代社会学科

2016.05.20

霊魂は蝶々になって!?│小嶋博巳教授

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現代社会学科

学科ダイアリー

霊魂は蝶々になって!?

小嶋博巳教授  
 シママワリという習俗を調べるために屋久島に渡ったのは、もう20年も前のことです。周囲100キロのこの丸い島には、かつて若者や娘たちが数日かけて島を一周してくるという、いくらか通過儀礼的な意味合いをもった慣行がありました。私は、これこそ巡礼というもののもっともナイーブな形態ではないかと思い、調べに行ったのですが、じつは屋久島に行くにあたってはもう一つ、期待していたことがありました。「先島丸」を見ることです。

写真1:屋久島では気根を垂らずガジュマルが見られる(湯泊)

写真1:屋久島では気根を垂らずガジュマルが見られる(湯泊)

 埋葬墓の上に設ける家型の覆いを霊屋(たまや)といいますが、屋久島のいくつかの地区には、霊屋の側面に先島丸(さきしままる)という船を描く慣行があることが知られています。この場合の「先島」ははるか沖合にある島というほどの意味で、先島丸の絵は、死者の霊魂が船に乗って海のかなたに向かうという他界観を表していると考えられます。手もとの本には鹿児島からの船が着く宮之浦の墓地の写真があって、煙を吐く汽船「先島丸」を描いた霊屋が写っています。調査ではいくつもの集落を訪ねるつもりでしたから、どこかでお目にかかれるだろうと期待しました。

 ところが、屋久島のどの地区に行っても、先島丸に出会えません。宮之浦の墓地も見事に整備されてしまっていて、もはや霊屋は作っていないようでした。もっと小さな集落では霊屋を見掛けることもありましたが、先島丸は描かれていません。

 明日はもう島を離れるという日、南部の湯泊(ゆどまり)という地区に行きました。バスを降りると、集落の反対側、道よりやや高い場所に墓地が見えます。霊屋もいくつか見えました。先島丸のことはなかば諦めていましたが、それでもと思って上がってみると、なんと絵が描いてある。思わず早足になって近寄ると――お世辞にも上手とは言えないものの、どうも蝶々らしきものが霊屋の側面に大きく描かれています。

写真2:蝶々を描く霊屋

写真2:蝶々を描く霊屋

 ここからが民俗学をやっている人間の悲しいところです。そのとき考えたのは、これは死者の霊が蝶になって他界に赴くという観念の表出かもしれない、ということでした。人の霊魂が昆虫や小鳥の姿で飛翔するという考え方がたしかにありますし、やはり死霊を運ぶ先島丸のことが頭から離れませんでした。これで論文1本書けるかも、という考えがよぎります。

 ところが隣の霊屋を見ると、そこに描かれていたのは蝶々ではなく、どう見てもお酒の徳利です。困りましたが、これは死者への供物なのだろうと自分を納得させ、さらに隣の霊屋に移ると、今度はなんと四角いハガキの絵で、ご丁寧に脇にはポストまで描かれています。これにはいよいよ困りました。さすがに、霊魂が郵便物になって他界に届けられるのだ、とまで言う自信はありません。さらに次の霊屋になると、妙な平行四辺形が描いてあって、そこを丸いものが転がっている絵です。これはもうお手上げでした。

写真3:霊魂はハガキに乗って?

写真3:霊魂はハガキに乗って?

 墓地を下りて集落に向かい、年配の男性の家にお邪魔して、シママワリのことを教えてもらいました。この方はたいへんよい話者で、結局、シママワリについてはこの男性の話を中心に論文にまとめることができたのですが、別れ際に思い出して、例の霊屋の絵についても尋ねてみました。返ってきたのは意外な答え――ホトケさんの好きだったものを描く、でした。徳利の絵は飲んべえのおじいさんのお墓、平行四辺形はゲートボール(!)大好きだったおばあさんのお墓、ハガキとポストは?と訊くと、あれは郵便局長さんのお墓、との答えです。

 最後に蝶々の霊屋についても尋ねました。「昆虫採集が好きだったおじいさん」だそうです。そういえば、蝶々の脇には補虫網らしきものが描いてあったような。

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