日本語日本文学科 リレーエッセイ
【第129回】 2014年7月1日
【著者紹介】
伊木 洋(いぎ ひろし)
国語科教育担当
国語科教育の実践理論を研究しています。
優劣のかなたに ―― 大村はま先生の理念に学ぶ
優劣のかなたに
大村はま
優か劣か
そんなすきまのない
つきつめた姿。
持てるものを
持たせられたものを
出し切り
生かし切っている
そんな姿こそ。
優か劣か、
自分はいわゆるできる子なのか
できない子なのか、
そんなことを
教師も子どもも
しばし忘れて、
学びひたり
教えひたっている、
そんな世界を
見つめてきた。
学びひたり
教えひたる、
それは 優劣のかなた。
ほんとうに 持っているもの
授かっているものを出し切って、
打ち込んで学ぶ。
優劣を論じあい
気にしあう世界ではない、
優劣を忘れて
ひたすらな心で ひたすらに励む。
今はできるできないを
気にしすぎて、
持っているものが
出し切れていないのではないか
授かっているものが
生かし切れていないのではないか。
成績をつけなければ、
合格者をきめなければ、
それはそうだとしても、
それだけの世界。
教師も子どもも
優劣のなかで
あえいでいる。
学びひたり
教えひたろう
優劣のかなたで
大村はま先生は1906年(明治39年)横浜市にお生まれになりました。ミッションスクールである共立女学校、捜真女学校に学ばれ、1925年(大正14年)東京女子大学に入学、芦田恵之助先生の著書と出会い国語教師の道を歩まれました。1928年(昭和3年)長野県立諏訪高等女学校へ赴任、1938年(昭和13年)東京府立第八高等女学校を経て、1947年(昭和22年)戦後発足した新制中学校に転じ、1980年(昭和55年)73歳まで東京都の公立中学校で国語教室を営まれました。
一人ひとりがほんとうに持っているもの、授かっているものを出し切って打ち込んで学び、優劣のかなたに導かれた実践は、『大村はま国語教室・全16巻』、『教室をいきいきと・3巻』(筑摩書房)、『教えるということ』(共文社)、『大村はまの国語教室・3巻』(小学館)、『授業を創る』『教室に魅力を』(国土社)などの著作に結実しており、心理学者の波多野完治博士は「百年に一人の実践家で、世界の母国語教育に類例がない実践の記録」と評されています。
大村はま先生は「人は一人では育たない。」「人はお互いにだれかを育てながら生きているものですし、なにより自分を育てながら生きているものです。」という人間観に立たれ、「優れたことばの使い手は優れた人格の持ち主であるはず」との信念に基づいて、自らの国語教室を言語生活を向上させる場となさいました。大村はま先生の国語教室は、学習者一人ひとりに一人の日本人として民主社会を生きていく基本的な力を、主体的な学習を通じて身につけさせていこうとする「理念」のもとに営まれています。
大村はま先生の理念に学ぶことは、教育の本質を深く見つめることにつながります。優劣ということと真に向き合い、優劣があるそのままで優劣が問題にならない世界-優劣のかなたに学習者一人ひとりを導くこと、その意味と価値について大村はま先生のご実践に学び、皆さんとともに考えを深めていきたいと思います。
*画像(上)は『大村はま国語教室 1 国語単元学習の生成と進化』(大村はま著、筑摩書房)。
画像(下)は『大村はま アルバム』(大村はま著、大空社)。