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日本語日本文学科

2014.12.01

アンデルセン「雪の女王」から宮沢賢治、「アナと雪の女王」へ|山根 知子|日文エッセイ134

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日本語日本文学科

日文エッセイ

日本語日本文学科 リレーエッセイ
【第134回】 2014年12月1日
【著者紹介】
山根 知子(やまね ともこ)
近代文学担当

宮沢賢治・坪田譲治を中心に、明治・大正の小説や詩および児童文学を研究しています。

 今年、アンデルセンの「雪の女王」を原案としたディズニー映画の「アナと雪の女王」が人気を博しました。宮沢賢治を研究する私の立場からは、賢治がアンデルセンに影響を受けていることを重視しているなか、アンデルセンの「雪の女王」を踏まえている「アナと雪の女王」には、興味がそそられました。

 アンデルセンの「雪の女王」から宮沢賢治、ディズニー映画までの流れのなかで、どのような影響と受容の特徴が立ち現れているのか、私はそんな目で、「アナと雪の女王」ブームを意識していました。残念ながら映画館でこの作品を味わう機会を逸した私は、DVDが発売されるタイミングでそれを観ました。そして、アンデルセン、宮沢賢治、ディズニー映画の三つの立場から、それぞれの作品の主題は、各作者が託した成長への願いではないかと察せられました。

アンデルセン「雪の女王」から宮沢賢治へ 
 アンデルセンは、1844年、39歳のときに、「雪の女王」を書きました。この「雪の女王」では、賢治が読んだ可能性のある訳の一つである内田魯庵訳の「雪の女王」(『鳥留好語』明治26年9月)によって紹介すると、作品冒頭に登場する悪魔が「物の真仮を鑑別する明(めい)を失」うという魔鏡の砕片を世界に散らしたことで、カイという男の子とゲルダという女の子の物語が始まります。カイは眼に入った鏡の砕片のせいで氷のように心が冷ややかになり雪の女王について北極界に行ってしまいます。そのカイを探して旅するゲルダの口からは、かつてカイとともに唱和した讃美歌が歌われ、カイを見つけてともに家に帰ってきた2人が成長を遂げた物語の最後においても、この「匂ふ薔薇は散りぬれど、汝が幼子となりし身は、つひには生ひたつ栄を見ん」という一節が作品を締めくくっています。さらにこの結末には、新訳聖書の「汝等嬰児(をさなご)の如くならずむば天国に行くを得ず」(マルコ10章15節)という言葉が記されています。アンデルセンは、大人に成長する過程でこの世の実相を見誤るような試練がおきても、そのような事態を乗り越え、まことの目を回復できる子どものような純粋な信仰心を持ち続けることの大切さを伝えているといえるでしょう。

 一方、こうしたアンデルセンに影響を受けた賢治において「雪の女王」からの影響がみられる作品については、「烏の北斗七星」「蛙のゴム靴」「貝の火」等が挙げられ、賢治なりの信仰と成長のテーマが込められた物語になっています。

「アナと雪の女王」におけるエルサの成長と現代の若者
 では、ディズニー映画の「アナと雪の女王」には、現代の世界に発信する物語として、どのような示唆が見出せるでしょうか。日頃身近に若者の悩める姿に接している私にとっては、特にエルサにおける成長が注目されました。

 まず、王女であるエルサは、幼い頃気づいた自らの内にある力を他者から隠すように両親から強要され、自分を押さえ込んで生きます。その悩みを吹っ切ることができた場面で、主題歌「Let it Go ~ありのままで~」が歌われ、「ありのままの自分」の受容ができ「自由」が開けてきた喜びが表されます。この場面は否定していた自分を肯定できた成長の第一段階といえます。この英語の原詞には「神様は私が頑張ったのを知ってくれている」とあり、神との縦の関係において自分は受け入れられているという実感が理解されます。ただし、さらに原詞では「背を向けてドアを閉じてしまおう」とあるように、エルサは雪山に一人で入り孤立して生きようとします。まずは孤立しても自分の得た自由を手放さず、自己肯定感を保とうとする行動は大きな前進ですが、さらに物語では、孤立で終わらせず、成長の第二段階としての後半を必要とするのです。

 後半では、エルサが人々から救いのための力を求められます。すなわち人々との横の関係のなかで、ありのままの自分がそこにどう関わることができるかという試練に向かう必要があったといえるでしょう。エルサは、雪山から連れ戻される間、その難題に向かうのは無理であり再び苦しみへと逆行するだけだと抵抗していたと思われます。しかしエルサは、妹アナが自分の命が助かるよりもエルサの命を助けようとしたことに心打たれアナの心の氷を溶かすことができたことで、自らの愛によって何でもできる自信が湧いてきたといえます。こうしてエルサは、自分のマイナスと思われていた力が愛の心によれば人々のために使えるのだと自信を持ったことで城の門を開くことを決め、ありのままの自分が横のつながりでも実を結べる真の解放と成長の段階に到達できたといえるのでしょう。

 これらのエルサの心の問題は、現代の若者が社会的順応を強要され個性的な性格や才能を抑圧される閉塞感になぞらえられるでしょう。ありのままの自分を受け入れて生きる自信を失ってしまいがちな現代で、命そのままが受け入れられ生かされて自立の自信と喜びによって他者に開かれていけるようにという願いは、切実な現代的テーマであり、そのような願いを実現できるイメージをもって目の前の若い人たちの成長を見守っていきたいと念じられます。
 
※ 画像は、宮沢賢治 童話「貝の火」。日本語日本文学科2年生の阿部美里さんにかいてもらいました。
画像の無断転載を禁じます。

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