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日本語日本文学科

2015.07.01

物語のなかのクエスト―『ドラゴンボール』と『南総里見八犬伝』―|小野 泰央|日文エッセイ141

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日文エッセイ

日本語日本文学科 リレーエッセイ
【第141回】 2015年7月1日
【著者紹介】
小野 泰央(おの やすお)
古代の和歌と漢詩文担当

日本古典文学と中国古典文学の比較を研究対象にしています。

 『ドラゴンボール』と『南総里見八犬伝』

 日本記念日協会が5月9日を「悟空の日」に認定したという。中国文学の主人公が記念日になることに違和感を覚えたが、現在、『ドラゴンボール』が上映されているからその宣伝もあってのことなのだろう。記念日制定に経済的な戦略は付きものである。
 鳥山明氏による原作の『ドラゴンボール』は『週刊少年ジャンプ』で1984年から1995年までの約10年半に渡って連載された。各話数の通し番号は「其之」となっており、数字は漢数字で表される。当時、大学生だった私は「其之一」をかすかに記憶している。
 この話数表記の仕方は、明らかに古典を意識している。具体的には、滝沢馬琴作の『南総里見八犬伝』であろう。『八犬伝』は全9輯106冊。大部な小説であるし、専門も違うから読んだことはないが、ただこれも少年の日の記憶で、大体のストーリを記憶している。私が知っているのは、辻村ジュサブロー作のNHKの人形劇である。布張りの肌が特徴的な人形であった。飼い犬八房に伴って家を出た伏姫が自決するときに、首の水晶が八方に飛び散り、その珠を抱いて八犬士が生まれる。金碗孝徳がその八つの珠を探し求めるという点が、『ドラゴンボール』のモチーフになったはずである。放送されたのは1973年から1975年であるから、まる3年放送していたことになる。現在のドラマが大体3ヶ月。大河ドラマでも1年であって、これでも長いと思うから、昔の番組はかなりスパンが長かった。そんなゆったりとした時代だった。

 物語を読み進める力
 3年もの長い間、視聴者を引きつけることができたのは、時代背景によるものだけではない。『八犬伝』においては、珠を「探求」して、次から次へと場面が変わるという点が視聴者を飽きさせなかった理由の一つでもあると思う。
 我々の生活はその多くが日々同じことに繰り返しであるから、時に変化を求める。旅がその代表であろう。知らぬ土地に行って、知らない風景に出会うと我々は感動する。これは新たな風景への「探求」である。たとえ同じ場所においても、我々は日々新しいことを「探求」する。読書がその一つである。
 『八犬伝』においても、どこかにある珠を「探求」してそれを見出した時の快感が、まさに物語を読み進める力になったはずである。藩制度によって、自由な往来が制限されていた江戸時代にあって、『八犬伝』などの冒険小説は、特に人々の欲求をくすぐったことであろう。書物が初めて商品となった当時において、馬琴はその人の心に与える心理をすでに理解していたことになる。
 ただ物語に「探求」を持ち込んだのは、馬琴の独創的な発想ではない。物語を構成する重要な要素の一つであるから、この「探求」は古来の物語に見える。現存最古の書物『古事記』において最も著名な話は、スサノヲが川を流れる箸によって川上にまで「探求」し、その後、八俣大蛇を倒して、櫛田姫を嫁とするくだりである。在原業平の一代記『伊勢物語』の初段が古都奈良に分け入って女性を見出すことも同じ構図である。
 日本だけではない。「探求」することで物語が展開するのは、中国小説古来の手法である。陶淵明の「桃花源記」は、川に流れた物に導かれ山奥に至るという点で、スサノヲの話と共通する。『ドラゴンボール』の主人公孫悟空は、明代小説『西遊記』の登場人物(猿)の名でもあるが、『西遊記』も天竺に経を取りに行くという、これも「探求」するという設定である。西洋においても、著名な所では例えば、スティーブンソンの『宝島』なども、「探求」する心を最もくすぐっている作品の一つであろう。『八犬伝』はこのようなぶっとい物語論理の流れのなかにある。

 現代人のクエスト
 鳥山明氏ももちろんこの仕掛けを理解していていたから、敢えて『八犬伝』に倣って、七つの珠を「探求」するという設定にしたのだろう。『ドラゴンボール』と同時期に、鳥山明がキャラクターデザインをし、その「探求」つまり「クエスト」と銘打った「ドラゴンクエスト」というゲームは、日本におけるゲーム文化を決定づけた。ゲームの本質は得点を「獲得」するというところにあるが、そこに「探求」を持ち込んだところに、「スーパーマリオブラザーズ」とともに、ロールプレイングゲームが爆発的にヒットした要因があろう。
 ただ古今東西不変のこの「探求」への欲求は、現在の若者においてはそのバーチャルの世界に閉じ込められているか。こんなに旅行が気軽にできる時代になったのに、さらにメディア(特にBSテレビ)でも海外に関する情報がこんなに溢れているのに、例えば、20代の海外旅行は1997年をピークに減少したままであるという。もちろん金銭的な面もあろうが、バーチャル世界でその欲求が完結してしまっていることが、その原因なのではないか。

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