• Youtube
  • TwitterTwitter
  • FacebookFacebook
  • LINELINE
  • InstagramInstagram
  • アクセス
  • 資料請求
  • お問合せ
  • 受験生サイト
  • ENGLISH
  • 検索検索

日本語日本文学科

2015.08.01

鼻濁音|尾崎 喜光|日文エッセイ142

Twitter

Facebook

日本語日本文学科

日文エッセイ

日本語日本文学科 リレーエッセイ
【第142回】 2015年8月1日
【著者紹介】
尾崎 喜光(おざき よしみつ)
日本語学担当

現代日本語の話し言葉の多様性に関する社会言語学的研究。日本語の男女差、年齢差(加齢変化)、地域差(方言)、方言と共通語の使い分け、敬語行動、現在進行中の言語変化、韓国語との対照言語行動研究など。研究テーマも多様。
 
 鼻濁音

   鼻濁音とは?
 「鼻濁音」と呼ばれる発音が日本語にあります。単語の先頭以外のガ行音の出だしの部分(=子音)を鼻にかけて発音するものです。たとえば「かがみ(鏡)」の「が」や、「かぎ(鍵)」の「ぎ」が該当します。鼻にかけて発音する濁音であることから「鼻濁音」と呼ばれます。五十音図の「行」で言うとガ行に現れる鼻音であることから「ガ行鼻音」とも呼ばれます。
 こうした鼻濁音は共通語の発音とされています。しかし、中国地方や九州地方では元々使われていない発音ですので、ピンと来ない人も多いと思います。
 そこで、鼻濁音で発音する練習をまずしてみましょう。
 「かんがみ」と発音してみてください。そのときの「が」は、「がっこう(学校)」の「が」と同じ発音だと思います。次に「ん」を長く引き延ばして「かんーーがみ」と発音します。その次が重要です。今度は「が」を発音する際に鼻から抜くようにします。そうすると「が」の部分が鼻にかかった「かんーーがみ」となります。区別するために「かんーーか゜み」と書くことにします。そのあと、「かんーーか゜み」→「かんーか゜み」→「かんか゜み」→「かんか゜み」のように「ん」を段々と短くし、最後に「ん」を完全になくした「かか゜み」とします。こうすると鼻濁音の「かか゜み(鏡)」の発音が得られます。
 このような鼻濁音は、元々鼻濁音を持っているいろいろな地域でじつは衰退傾向にあります。ということは、日本全体としても衰退傾向にあることが推測されます。では、現在どれくらいの割合の人が鼻濁音を使っているのでしょうか?

   鼻濁音は5人に1人
 以前研究員として勤務していた国立国語研究所で、2009年3月に全国調査をしました。回答者は無作為に選ばれた20歳~79歳の803人です。調査そのものは調査会社に委託し、調査員には録音だけしてもらいました。その録音を私が聴き取り、分析のためのデータとしました。「鏡」を発音してもらうために、調査員には「顔をうつすために使う道具は...」のように回答者に質問してもらいました。「カメラ」とか「写真機」のようなここでは不適切な回答や「わかりません」という回答を除いた結果は次のグラフのとおりでした。

凡例の「カカ゜ミ」が鼻濁音、「カガミ」が非鼻濁音です。
 一番上の「全体」を見ると、現在鼻濁音を使っている人は5人に1人にすぎないことがわかります。共通語の発音と言えるためには多くの人が使っていることが重要な条件となりますが、このような結果をふまえると、もはや共通語の発音とは言いにくい状況です。
 年齢層別に見ると、若年層になるにつれ鼻濁音の数値は一貫して減少しています。20代では1割もいません。鼻濁音が全国的に衰退しつつあることが、年齢差として現われているものと考えられます。いずれ鼻濁音は日本語から消え、「昔は「鼻濁音」という発音があったらしいね」と我々の子孫が言う日が来ることが予想されます。
 地域差も顕著で、西日本ではほとんど使われていないことが改めて確認されます。一方、東北地方では現在でも鼻濁音の方がむしろ優勢です。じつは東北地方には、「かき(柿)」を鼻にかけない「かぎ」と発音する傾向があります。秋田県のなまはげが、「泣く子はいねかー」を「泣ぐ子はいねがー」と言う、あの発音です。そうすると、もし鼻濁音の「かき゜(鍵)」を鼻にかけない非鼻濁音の「かぎ」で発音すると、「柿」の発音と衝突してしまいます。「鍵取って!」が「柿取って!」の意味になりかねません。それを回避するため鼻濁音が保たれやすいことが考えられます。

   鼻濁音はなぜ衰退するのか?
 日本語全体としては鼻濁音が衰退しつつあるのはなぜでしょうか? その原因のひとつは、「かか゜み」と発音しても「かがみ」と発音しても「鏡」の意味になり、発音の違いが意味の違いを生まないことにありそうです。発音上区別する意味がないわけですから、語頭でも使われる「が」の発音の方で統一しようという意識が当然生まれます。その他いくつかの理由が考えられますが、少し専門的になりますので、興味のある方には下記の拙稿を御覧いただけたらと思います。

  鼻濁音は誤解の元?
 先日学内での会議のおりに、ある同僚と席が隣になりました。鍵がたくさん付いたキーホルダーをテーブルの上に置いていたので「鍵、いっぱいですね」と言ったところ、その同僚は、テーブルの上に置かれているたくさんの紙の資料を確認し始めました。どうやら「紙、いっぱいですね」と聞き取られてしまったようなのです。私は鼻濁音を持っているので、「鍵」を「かき゜」と発音しました。この発音と「紙」の発音は、それこそ紙一重の違いで、よく似ているのです。紙がたくさんあるという状況も重なったことからこの誤解が生じたのだと考えられます。もし私が非鼻濁音の「かぎ」で発音していたら、このような誤解はなかったかもしれません。ただし、場所が東北地方だと、今度は「柿、いっぱいですね」と誤解される可能性がありますが。
 

【参考文献】尾崎喜光(2015)「全国多人数調査から見るガ行鼻音の現状と動態」『ノートルダム清心女子大学紀要 日本語・日本文学編』第39巻第1号

日本語日本文学科
日本語日本文学科(ブログ)

一覧にもどる