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日本語日本文学科

2017.07.01

非正規雇用社会と現代文学 ―「非正規レジスタンス」と『東京難民』―|綾目 広治|日文エッセイ165

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日本語日本文学科

日文エッセイ

日本語日本文学科 リレーエッセイ
【第165回】 2017年7月1日
【著者紹介】 綾目 広治(あやめ ひろはる)
近代文学担当
昭和~現代の文学を、歴史、社会、思想などの幅広い視野から読み解きます。
 
非正規雇用社会と現代文学
―「非正規レジスタンス」と『東京難民』―

 
 「非正規レジスタンス」(原題「非正規難民レジスタンス」)は、石田衣良の人気シリーズである『池袋ウエストゲートパークⅧ』(文藝春秋、2008・8)に収められている小説です。この物語は、シリーズの主人公で語り手でもある真島誠が「ある雑誌」のコラム執筆のために、フリーターの柴山智志(サトシ)を取材するなかで、サトシの話からフリーターの過酷な生活を知ることから始まります。

 たとえば、サトシは「人材派遣最大手」の会社から企業へと派遣されて働いていますが、派遣業者による給料のピンハネ(労働者の給料のうわまえを取ること)のために苦しい生活を強いられています。派遣会社の「ベターデイズ」は一人当たり11,000円から12,000円で仕事を請(う)け負いながら、当の派遣労働者たちには6,500円から7,000円しか渡さないのです。4,000円から5,500円のお金をピンハネしているわけです。当然、サトシたち派遣労働者の生活は苦しく、彼らはネットカフェ
などで夜を明かしているとされています。

 悲しいのは、そういう不当な労働条件に置かれながらも、その状態に陥っていて辛い日々を過ごさざるを得ないのは、「すべてがただの自己責任なのだ」とサトシが思っていることです。サトシについて真島誠はこう語っています、「やつはあんな絶望的な状況でも、誰もうらまないという。すべては自己責任だといって自分を責めている」、と。むろん、それは自己責任ではありません。

 政治と社会の責任です。以前、欺瞞(ぎまん)的な自己責任論を語って、自分たちが負わなければならない政治責任を、不幸に陥っている人たちにまさに責任転嫁(てんか)した政治家がいましたが、「非正規レジスタンス」を読むと彼ら派遣労働者たちに問題があるのではないことがわかります。不幸にも彼らは、非正規労働をせざるを得ない状況にあったということがわかります。

 たとえばサトシは、「気がついたら、日雇いの派遣の仕事をして、ネットカフェで寝泊まりするようになっていたんだ」と語り、また真島誠も、家族や友人さらに財産など、普通は誰でも一つくらいは自分の身を守るバリヤーがあるのだが、「でも、なにかの理由でそのバリヤーが全部ダメになっちゃうと、今は誰でも難民になる時代なんだと思う」と語っています。物語は「人材派遣最大手」の「ベターデイズ」が派遣法違反で一ヶ月の業務停止処分となり、その社長は代表権を持たない会長に退いたという、まずは穏やかな終わり方をしていますが、しかし現実の社会では、非正規労働者が急増し、その雇用条件は悪化の一途を辿っています。そして、非正規雇用の増加とともに格差と貧困の問題も一層深刻になっています。文学者たちもその問題に眼を向け始めています。

 福澤徹三の『東京難民』(光文社、2011・5)は、私立大学3年生であった主人公の青年が、実家が破産して親と連絡が取れなくなり、授業料も払えなくなって、そのために大学を除籍になり、すぐに現金が入りそうな短期のアルバイトをし始める話です。たとえば、テレアポ、ティッシュ配り、治療試験の仕事、ホスト、さらには日雇い作業などをやっていきます。しかし、まとまったお金がないために、それまで住んでいたマンションを追い出され、友人の部屋に居候したりもしますが、そこも居づらくなり、ネットカフェで寝泊まりするようになります。そして、遂にはホームレスのテント生活をすることになります。

 この小説は非正規の仕事の様子を読者に知らせようとしているかのように、主人公が体験した仕事の中味について詳しく語られてもいて、読者の関心を惹(ひ)き付け、また主人公の善良な性格も好ましいものであり、なかなか読ませる物語となっています。そして、主人公の青年がテント生活に別れを告げて、人生の新たな模索をする、というところで物語は終わっていて、まずは希望の持てる話となっています。しかし、それにしても普通の大学生の生活をしていた主人公の転落ぶりには凄まじいものがあります。この転落ぶりは決して物語の中でだけの話ではなく、現実にもこのような転落は、とくに稀(まれ)だとは言えないようです。そのことは、増田明利の『今日、ホームレスになった』(彩図社、2012・9)や『今日からワーキングプアになった』(同、2015・10)などのルポルタージュを読むとわかります。

 今回は、非正規雇用の問題を小説に取り込んだ二つの現代文学について見てきました。もちろん、作家たちはその問題を告発して世論に訴えているわけです。文学を研究する側も、そういう現代の喫緊(きっきん)の問題を、現代文学を読むことを通して考えていきたいと思います。本学科の授業では、そのような言わばホットな問題を扱った文学作品も対象にしています。現代社会や現代文学の問題に関心のある人は、本学科で学んでみませんか。
 
※画像は上、石田衣良著『非正規レジスタンス』文春文庫。
下、福澤徹三『東京難民』/光文社文庫。

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