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日本語日本文学科

2017.10.01

小鴨神社三十六歌仙額と書道卒業制作履修学生とのコラボ|原 豊二|日文エッセイ168

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日本語日本文学科

日文エッセイ

日本語日本文学科 リレーエッセイ
【第168回/学科広報委員による寄稿】 2017年10月1日
【著者紹介】
原 豊二(はら とよじ)
古典文学(中古散文)担当/学科広報委員
源氏物語など平安時代の文学を多角的に研究しています。
  
小鴨神社三十六歌仙額と書道卒業制作履修学生とのコラボ

 2017年3月19日、小鴨神社(鳥取県倉吉市)で、修復を終えた三十六歌仙額が一般に公開された。この三十六歌仙額は天文6年(1537)に制作された国内最古級のものであり、歌人の姿絵とともに、その詠歌が流麗な書体で書かれている。もちろん経年による劣化もあり、現状では読みづらい部分も多かった。

 さて、遡ること1年前、小鴨神社の宮司の井上智史さんから連絡があり、懸案事項であった歌仙額の修復に補助金が下りたことがわかった。修復後のことを見通し、何か私もできることはないかと考えていたところ、わが日本語日本文学科の学生には「書」の精鋭たちのいることを思い出したのである。書道卒業制作を履修している学生たちである。

 早速、授業担当の佐野榮輝先生(現・本学名誉教授)に相談したところ、早速、復元模写の指導をご快諾いただいた。果たして精鋭たちが数ヶ月の時間をかけて、比較的状態のよい10枚(1枚に1首)の和歌を復元してくれるという。しかも、可能な限り、500年ほど前に書かれた状態での復元を目指すというのである。

 ところが、この後に多くの困難が待ち構えていた。まず摩滅した文字からは、最悪の場合何の情報も得られない部分があるのである。つまり、字母(仮名の元になる漢字)が判断できないのである。一字一字の喪失箇所は、佐野先生や学生の想像力に頼ることになる。また、室町時代の仮名の書というのは、日本の書道史の中でもあまり触れられない時期であり、学生たちにとっても未知の時代に当たる。
この歌仙額が当初奉納されたのが、宍粟市にある山崎八幡宮であることから、近隣に荘園を持っていた冷泉家の人々が、この和歌の筆者ではないかと後に推測したが、この時点ではよくわからなかった。

 第22回書道卒業制作展は、2017年1月19日から22日までの間、岡山県生涯学習センターで開催され
た。この年は佐野先生の定年退職の年でもあったから、関係者にはいろいろな想いが重なっていたよう
だ。22回という一つの歴史から、多くの卒業生が来場したと聞いている。その中に、復元模写「小鴨神
社・三十六歌仙額」もあった。倉吉から井上宮司も来られて、ようやく学生たちの想いを伝えることができた。次は3月の、小鴨神社での公開が大きな目標になった。

 当日は午前中から神社内でいろいろな準備であたふたしていたが、天野山文化遺産研究所によって全面的に修復された三十六歌仙額は確かに生まれ変わっていた。もちろん、こちらは現状を重視した修復であるから、極端に見た目は変わらない。けれども、文化財を未来に伝えるというプロの仕事をよくよく承知したのであった。その本物の横に、わが清心の精鋭たちの書を貼った屏風が置かれてい
た。当日の私の講演でそのことを繰り返し話したこともあってか、彼女たちの作品はNHKの地方ニュースの電波に乗ることになった。本気の復元が、多くの人々の興味を惹いたのであろう。

 思い返すと、私が米子工業高等専門学校に在職の折、この三十六歌仙額を知ることになった。前任校では、工業系の学校ということもあってか、撮影した写真を大きく拡大したレプリカを制作し、神社に奉納した。なぜレプリカが必要であったかであるが、それは修復以前の歌仙額は、絵の具が剥落する危険性が高く、移動はおろか、展示さえも制限せざるを得なかったからである。修復後は、条件にもよるが、移動が可能なので、各地の博物館や美術館での展示も現実のものになると思う。よって、このレプリカは当初の役割を終えることになった。では、学生たちの制作した復元模写はどうなるのだろうか。

 実はこの復元模写も、小鴨神社にそのまま奉納されることになった。今後、この神社で保管されるものと思う。けれども、この復元模写は、これから始まる姿絵も含めた全体の復元の嚆矢となり得る、ということは述べておきたい。これは完全模写の大きな第一歩になる、と。だから、いつかより大規模で精緻な復元が完成されれば、この復元模写もその主な役割を終えるのかも知れない。

 文化財を守るとか、文化的営為を続けていくかとかいうことは、実はとんでもなく大変なことで、これに携わる人々の不断の努力の結果としてある。中世期の歌仙額が今に伝わること自体が奇跡なのかも知れない。そうであるならば、その奇跡をより確かなものにしてゆくことこそが、私たち「日文」の役割なのではないか。

 2016年10月21日に発生した鳥取県中部地震の爪痕が、半年近く経っても倉吉の街には多く見受けられた。その復興への願いと、学生・関係者への感謝の気持ちとを表して、「筆」を擱きたい。

参考文献:原豊二「山陰地域の三十六歌仙絵-手錢家所蔵資料を始発として-」『国文学研究資料館
紀要 文学研究篇』第40号(2014)
  
※ 画像は上から、小鴨神社三十六歌仙額(一部)、小鴨神社三十六歌仙額(紀貫之)、書道卒業制作
履修学生による復元模写(紀貫之)、書道卒業制作履修学生による復元模写(全10点)。画像の無断
転載を禁じます。

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