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日本語日本文学科

2019.07.01

大村はま研究ゆかりの地、広島で|伊木 洋|日文エッセイ189

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日本語日本文学科

日文エッセイ

【著者紹介】
伊木 洋(いぎ ひろし)

国語科教育担当
国語科教育の実践理論を研究しています。


大村はま研究ゆかりの地、広島で
 

広島の地は、『大村はま国語教室の探究』を著し、大村はま国語教室の意義をお示しになった野地潤家先生のお導きによって大村はま研究が進められた場所である。大村はま先生は、野地潤家先生とのご縁により、1956年以降、大下学園祇園高等学校国語科研究会に招かれ、毎年のように広島の地に赴かれた。
1963年、広島大学から大村はま先生に「ペスタロッチー賞」が贈呈されている。大村はま先生は、贈呈式当日、広島大学教育学部大講義室において、広島大学教育学部附属中学校1年C組の生徒を学習者として、公開授業「伝記を読む」をお示しになり、「グループ学習の実際」と題する講演をなさった。第42回ペスタロッチー祭パンフレットの受賞者紹介には、大村はま先生について次のように記されている。

大村はま先生は、明治39年の生まれ。昭和3年3月、東京女子大を卒業され、同年8月末長野県諏訪高女に赴任されてから今日まで、教育の道ひとすじに歩まれた。戦前すでに芦田恵之助氏に師事され、諏訪高女に10年、東京府立第八高女に10年、20年間高等女学校の国語科教育に精進され、生徒たちからの敬愛を一身に集め、心ある人々からその成果を高く評価された。
戦後は新制中学の発足に際し、20年の教育経験を生かして、新しい時代のしあわせのために尽くそうと決意し、悲願を抱いて中学へ出られた。昭和22年5月東京深川一中に赴任し、爾来現任校の石川台中学校まで、目黒八中・紅葉川中・文海中と10数年にわたり捨身の実践を重ねられた。
先生は、新制中学の国語科教育のありかたに関し、身を以て探索し、実証し、その実質を推進させる原動力となられた。とりわけ、単元学習の完成、精細無比のグループ学習の展開、透徹した個別指導のくふうなど、その教育愛と実践魂は実践と研究の上にみごとに結実し、先生をして中学国語教育界の最高の実践者・指導者たらしめた。国語学習に関する卓抜な知見と、誠実な実践とは時流をこえるものと言われ、その冴えた感動的な学習指導は不世出のものとたたえられ、全国各地の実践者から敬慕されている。(後略)
(広島大学教育学部主催 第42回ペスタロッチー祭パンフレット 1963)

簡潔な紹介の中に、大村はま研究ゆかりの地にふさわしく、大村はま先生の「新しい時代のしあわせのために尽くそうと決意し、悲願を抱いて中学へ出られた」歩みと「国語科教育のありかたに関し、身を以て探索し、実証し、その実質を推進させる原動力となられた」実践研究の成果が価値づけられている。

そんな大村はま研究ゆかりの地、広島で、2018年10月20日(土)、第15回大村はま記念国語教育の会研究大会広島大会が開催された。会場は広島大学附属中・高等学校の格調高い講堂であった。
研究大会は、大会実行委員代表の山元隆春先生のあいさつにはじまり、午前中は難波博孝先生の司会によって、二つの実践研究発表が行われた。「本を読んで語り合う授業をつくる国語科教育実践」(居川あゆ子氏)、「小説『舞姫』冒頭部の映像化」(松岡礼子氏)であった。第三回大村はま奨励賞は、藤田賀史氏が「『ひととの出会い』を通じて心に平和のとりでを築く学習指導」で受賞され、浜本純逸先生による講評が行われた。
午後は、間瀬茂夫先生の司会によって、二つの研究発表が行われた。「大村はま諏訪高女時代における綴り方コメントの考察」(片岡実氏)に続いて、伊木も「大村はま国語教室における聞くこと・話すことの学習指導の検討」として、大村はま先生が執筆なさった『新版標準中学国語』における話しことば学習指導の特質の一端を報告した。
研究発表に続いて、大村はま研究に造詣の深いお二人の講演が行われた。世羅博昭先生は「大村はま先生に学び実践してきたこと」と題して、大村はま先生に学び実践なさった古典教育実践について、具体的な実践例を交えてお話くださった。橋本暢夫先生は、「大村はま教室の自己を育てる教育の成熟とその成果」と題して、大村はま国語教室の営みは、学習のプロセスがそのまま国語学力・学習力となっており、「自己を育て続け」、「自己の課題を克服する」主体的な自己学習力を育成してきたことを、学習記録や元学習者の証言などに基づいてお示しくださった。
湊吉正会長による展望が読みあげられ、吉田裕久先生のあいさつによって、大村はま研究ゆかりの地、広島にふさわしい実り豊かな研究大会が締めくくられた。

橋本暢夫先生は、講演の中で「歴史に学ぶことは、先人の遺産に学ぶとともに、常に発想を転換し、自己の国語教育観・歴史観を育てることでなければならない」ことをお示しになった。大村はま研究ゆかりの地、広島で、大村はま先生に学び、自己の国語教育観を見つめ、育て続けなければと思いを新たにした。



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日本語日本文学科
伊木洋准教授(教員紹介)

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