日本語日本文学科

人間生活学科

2019.05.01

〈文学の力〉を人生と社会につなげる学生の活動―「ツボ ジョーワールド探検隊」2年目の挑戦―|山根知子|日文エッセ イ 187

  • 日本語日本文学科

    日文エッセイ

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【著者紹介】
 山根 知子(やまね ともこ)

 近代文学担当

 宮沢賢治・坪田譲治を中心に、明治・大正の小説や詩および児童文学を研究しています。

〈文学の力〉を人生と社会につなげる学生の活動
  ―「ツボジョーワールド探検隊」2年目の挑戦―



〈文学の力〉を他者のための贈り物に
 このエッセイを〈文学の力〉というテーマで書こうと考えていたとき、本学でフッド授与式がありました。これは、卒業式前に、アカデミック・ドレスのフッドを授けられることで学士候補生から学士への確定が示される儀式で、学生がグースステップで入退場することでも有名な本学の卒業行事です。2018年度卒業生を対象とする今回の行事では、カトリック広島司教区の白浜満司教がミサの司式と講演をしてくださいました。

 その講演内容の中心は、大学4年間で学んだ知識を、単なる知識として終えるのではなく、ノートルダム清心女子大学が大切にしている聖母マリアの「清い心」に倣った真心をその知識に添えて、社会に出て出会う人々に贈り物として差し出してほしいというメッセージでした。講演は卒業する全学生を対象としていましたが、その内容が各専門を修めたそれぞれの学生の心に届くなかで、殊に〈文学〉を専門として研究してきた学生には、大学での学びを積み上げた自分が社会に出るにあたってどのように心に響いただろうかと思われました。

 まさに、ちょうど〈文学〉の学びや研究を基礎にして学生たちが学外に出て地域の方々に岡山出身の坪田譲治文学を伝える活動を指導してきた2年間の振り返りとして、〈文学の力〉の手応えについてのエッセイを書こうとしていた私にとっては、活動への励ましを力強くいただいた思いのする意義深い講演でした。

 すぐに社会で役立つと想定しやすい実学的な学問領域ではないと思われがちな学問が軽視される傾向にある近年では、〈文学〉の意義は深く理解されていないところがあるように思われます。しかし、とりわけ文学を深く研究した学生が、〈文学〉を通して心の機微を読み取り自己や他者の心を見つめたことで、社会に出る前に人生の基盤を内面に培い生きる力を育んでくれたという手応えは毎年強くあります。その学生たちが生涯において、〈文学〉から自分が得たものを生きる支えとなる贈り物として他者に差し出す可能性を、様々に考え深めて実践してくれるものと信じています。

「風の中の子供」の善太と三平に扮して (岡山市立石井小学校)「風の中の子供」の善太と三平に扮して (岡山市立石井小学校)

坪田譲治の〈文学の力〉を学生が発信する思い
 さて、日本語日本文学科の学生が在学中に自分を成長させる機会を得ようと主体的に頑張ってきた活動の一つに、ここで紹介したい「ツボジョーワールド探検隊」という活動があります(この活動は岡山市「大学生まちづくりチャレンジ事業」に2年採択されました)。これは小説家・児童文学作家の坪田譲治が生まれ育った岡山の人と自然との体験を描いた文学を、いかに私たちの人生や社会につなげることができるかという地域貢献活動です。2017年度のエッセイでは、この活動をスタートさせた1年目の報告をしましたが、今回は2018年度を終えた2期生の報告をしたいと思います。

 2期生の目標は、まさに譲治文学のなかに、生きる力につながる〈文学の力〉がいかにあるかを自ら知り、それを地域の人々にいかに伝えられるかということでした。それは譲治自身が〈文学〉を書く思いについて「この次第に世智辛くなって行く世に於て、私は子供達にだけは生きることの苦しさを教え、将来如何に艱難に出会うとも、幼時に知った幸福のために、決して絶望的にならせないということが、私が童話を書く気持であり、そして願いでもあります」(「童心馬鹿」)と述べるように、葛藤する心や逆境などの苦しみの要素を避けることなく見つめることから、人生の希望を見出して乗り越えようとする考え方の軸を作るかけがえのない要素が、〈文学〉を読む者に浸透するのだと信じた思いを受けとめたことから発しています。譲治において、逆境にあっても前向きに生きる力を支えた軸とは、岡山で過ごした「幼時に知った幸福」でした。

 こうして学生たちは、人々の心に響く〈文学〉ならではの力を探り伝えるという目標から、小説「風の中の子供」を選びました。この作品の舞台である島田地域と御津地域での活動に重点を置き、前者では、譲治の母校である石井小学校の児童との交流をしました。また後者では、譲治が釣りをした池をはじめ山や川などの御津地域の自然の豊かさがこの作品に重要であったのは、作者坪田譲治自身が心救われた体験があったからだという認識を新たに発信し、同じく譲治の母校である岡山御津高等学校の生徒や地元の方々とともにその譲治の思いを深く味わう活動ができたのも画期的でした。

 その現地での成果を振り返り、リーダーの学生は次のように述べてくれました。

「私たちは多くの団体と協働することができ、さらに譲治ゆかりの地で出会えた地域の方と譲治作品を共有することで、改めて譲治が作品に描いた岡山の豊かな自然や人々の温かなふれあいの素晴らしさを実感し、岡山という地域を見直しました。」

 それは、学生たち自身も、この活動を通して人と自然との出会いができたゆえだったと考えられます。日頃から私自身も文学研究に関するフィールドワークを大切にして学生たちに勧めていますが、今回学生たちは文学世界を追体験することのできる場に身を置くことによって、文学の読解や作者の理解において貴重な体験ができたのに違いありません。

 最後に、この活動での思いを述べた学生の次の言葉を紹介しておきたいと思います。

「私たちはただ表面的に譲治の文学を伝えるのではなく、地域において譲治の文学がどのような深い共感や心の救いを発揮するかを示していくことが、譲治を広める大きな意味であると感じました。そして最終的には私たちの活動が、岡山市全体において、岡山を愛する譲治の「文学の力」から「生きる力」を養う意識を身につけることにつながり、より良い人生を歩むことができる礎の一助になればと願っています。

先輩・譲治を高校生に伝える「ツボジョーNEWS」(岡山県立岡山御津高等学校)先輩・譲治を高校生に伝える「ツボジョーNEWS」(岡山県立岡山御津高等学校)

譲治の歩いた道をフィールドワーク(天満公会堂付近・岡山市北区御津紙工)譲治の歩いた道をフィールドワーク(天満公会堂付近・岡山市北区御津紙工)

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