廟の神さま
鈴木 真 准教授
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中国には,むかしの文人たちが書き留めた怪異譚が数多くあります。今回は清代(1636~1912)に著されたものの中から,「廟(びょう)」(おみや,ほこら)とそこにまつられている神さまのお話を紹介しましょう。
ある村の少年が化け物に取り憑かれました。親は近くの土地神(村落の神さま)に対して,化け物を祓はらってほしいと嘆願書を記し,それを燃やしました(こうすると,あの世に届くのです)。その夜,土地神が親の夢に現れますが,「化け物はたしかに取り憑いているが,自分の力ではどうしようもない」と告げます。
そこで親は,その土地神の上役である城隍神(じょうこうしん,都市の神さま)に嘆願します。するとある晩のこと,この世で城隍神をまつる場所を城隍廟(じょうこうびょう)といいますが,その城隍廟にかざられている泥人形の兵卒の首がぽとりと落ちました。化け物の正体は城隍神の家来だったのです。だからこそ土地神は,上役である城隍神の家来をこらしめようとせず,少年の親の嘆願をこっそり握りつぶしたのでしょう。しかし,あらためて親の訴えを聞いた城隍神は公正にお裁きを下し,自分の家来をきびしく処罰したというわけです(清・紀昀『閲微草堂筆記』巻十一,槐西雑志一)。
写真1:浙江省杭州の城隍廟
またこんな話もあります。沈(しん)という男がひそかに妻を殺め,事故死として片付けました。罪なくして殺された妻はあの世で城隍神に訴え出ますが,城隍神は「沈の寿命はまだ尽きていないから」という理由でとりあってくれません。そこで妻は,城隍神よりはるかに格上の「関帝(かんてい)」という神さまに直訴しようとします(現在も世界中のチャイナ・タウンでまつられている,あの天下の「関聖帝君(かんせいていくん)」こと関羽(かんう)のことです)。あわてた城隍神は,難癖をつけて妻を自分の城隍廟に縛りつけてしまいます。するとある日の早朝,にくき夫の沈がその城隍廟へノコノコとお参りにやって来たため,妻は復讐を果たすことに成功したのでした(清・袁枚『子不語』巻十九,「焼頭香」)。
写真2:神戸の関帝廟
このように中国の神さまには,土地神(村落の神さま)→ 城隍神(都市の神さま)→ 関帝ほか(天下の神さま)のように,明確な統属関係やランクの差がありました。格下の神さまは,格上の神さまに気をつかったり忖そん度たくしたり,あるいは不始末や職務怠慢で叱責されることをおそれていたのです。神さまの世界もいろいろ大変のようです。
中国の文人たちも小難しい学問にのみ没頭していたわけではなく,このような神さまや妖怪の出てくる怪しいうわさ話・ヨタ話なども少なからず書き残しています。それらは肩のこらない読みものとしてだけではなく,当時の人びとの日常生活や死生観・信仰を探る材料としても有用かもしれません。
<参考文献>
・紀昀著(前野直彬訳)『中国怪異譚 閲微草堂筆記(下)』平凡社,2008(初出1971)
・袁枚著(手代木公助訳)『子不語(4)』平凡社,2010