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日本語日本文学科

2018.08.01

「言(い)わん」とは言(ゆ)わん?|尾崎 喜光|日文エッセイ178

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日本語日本文学科

日文エッセイ

日本語日本文学科 リレーエッセイ

【第178回】 2018年8月1日

【著者紹介】
 尾崎 喜光(おざき よしみつ)
 日本語学担当

 現代日本語の話し言葉の多様性に関する社会言語学的研究。日本語の男女差、年齢差(加齢変化)、地域差(方言)、方言と共通語の使い分け、敬語行動、現在進行中の言語変化、韓国語との対照言語行動研究など。研究テーマも多様。

  「言(い)わん」とは言(ゆ)わん?

  若者たちの発音
 本学で教員をする以前は、東京都立川市にある国立国語研究所というところで長年研究員をしていました。大学の教員になってよかったと思うことの一つに、若い人たちの会話が毎日のように観察できるということがあります。
 一昨年のことでしたが、教室である学生が別の学生に話をしているのを横で聞いていると、「そうは言わない」を「そうはゆわん」と言っていることに気づきました。文の最後を「いわん」ではなく「ゆわん」と発音していることに私は反応したのです。
 私は長野県東部の出身なので「言わん」とは言わずに「言わない」としか言わないのですが(ややこしいですね)、西日本では「言わん」と言うということは知識として知っていました。しかしその発音は「いわん」だとばっかり思っていたところ「ゆわん」と発音したためびっくりしたのです。そういえば共通語でも「言わない」を「ゆわない」と発音している人もいるようです。そこで調査してみました。
 人気テレビドラマ『相棒』の主人公・杉下右京さんの口癖に「細かいところが気になるのが僕の悪い癖」というのがありますが、私も同じです。

  『渡る世間は鬼ばかり』のセリフを分析してみると...
 話し言葉でどれくらいの割合で「ゆ」と発音されているかについて、横浜市にある「放送ライブラリー」(写真)に行き、テレビドラマ『渡る世間は鬼ばかり』の出演者(役者)の発音を聞き取って分析してみました。このドラマを選んだのは、たくさんの登場人物(役者)がたくさんの言葉をしゃべる作品であるためデータが多数得られやすいことと、長期にわたり放送されたドラマであることからその間の時代変化や役者の個人内での変化の有無もとらえられるのではないかと見込んだためです。

放送ライブラリー

放送ライブラリー

1990年から2008年までに放送された番組のうち6番組(約8時間分)を調査しました。ドラマには、たとえば「そうゆうことじゃないの。」のような、もはや<発話する>という意味を持たない形式化した「言う」も頻繁に出てきますが、そうしたものも分析対象としました。データ総数は618件、分析対象となる役者の総数は48人でした。
 データを分析したところ、活用語尾の発音がどうであるかにより傾向が大きく異なることがわかりました。
 「言いたくないわよー」とか「言います」のように活用語尾が「い」となるときは、直前の「言」はすべて「い」です。
 逆に、「あたしが言う」とか「この人の言うとおりですよ」のように活用語尾が「う」となるときは、直前の「言」はすべて「ゆ」です。ひらがなで書けば「いう」ですが、実際の発音は完全に「ゆう」であるということです。これも本来は「いう」という発音だったのですが、これが「ゆう」に変化したのは、活用語尾が「う」であるため直前の母音も「い」ではなく「う」でそろえる方が発音が楽だからです。しかし、本来の「い」の痕跡も残すために、ア行の「う」(つまり「うう」)ではなくヤ行の「ゆ」(つまり「ゆう」)としたわけです(「ゆ」の出だしに「い」に近い発音が瞬間的に現われます)。

  発音が「い」と「ゆ」で揺れるケース
 これに対し本来の「い」と新しい「ゆ」で揺れるのはそれ以外のときです。分析すると、次に並べた後者ほど「ゆ」で発音されやすいことがわかりました。「言い」と「言う」も含めて記します。カッコ内の数値は「ゆ」と発音された割合です。なお「言お」はたまたまこの6番組には現われませんでした。

   言い(0.0%) < 言え(4.8%) < 言っ(19.6%)< 言わ(58.8%) < 言う(100.0%)

 この序列は、おそらく、「い」から「ゆ」への変化の順序とも対応していると思われます。つまり、右側ほど早く「ゆ」に変化したということです。

  個人の中でも変化が進んでいる?
 発音がおおいに分かれる「言わ」について、役者の生年別に分析すると、1940~50年代生まれ以降の役者では「ゆ」が優勢になるようです。
 また、この「言わ」については、次のように個人の中でも「い」から「ゆ」への変化傾向が見られるようです。これはとても興味深い現象です。
  ・長山藍子(野田弥生役):50代(い3件、ゆ0件)→ 60代(い0件、ゆ2件)
  ・泉ピン子(小島五月役):50代(い4件、ゆ4件)→ 60代(い0件、ゆ3件)
  ・藤田朋子(本間長子役):30代(い3件、ゆ0件)→ 40代(い0件、ゆ3件)

  岡山市でアンケート調査してみると...
 このような調査をするきっかけとなった岡山市でもアンケート調査をしてみました。
 「言わない」の「言」をどう発音するかについて、関連する表現とあわせ、回答者の内省により調査をしました。調査の実施は2016年~17年、回答者は若年層(本学の女子大学生)87人と高年層(60~70代の男性が中心)34人です。
 結果は次のグラフのとおりでした。なお、回答者には、グラフに示した表現すべてについて、自分で使うことがあるものに◯を付けてもらいました。

アンケート調査(岡山市)

アンケート調査(岡山市)

このうち「いわん」と「ゆわん」に注目して見てみましょう。
 じつは「いわん」も「ゆわん」も、使用すると回答した人の割合は高年層よりも若年層に多くなっています。しかし、「いわん」は若年層で1.4倍になるにとどまるのに対し、「ゆわん」は2.1倍にもなっています。「ゆ」の発音が現在岡山市でも急速に拡大していることが伺えます。もしかしたら将来は、「『言(い)わん』とは言(ゆ)わん」と言う人が増えてくるかもしれませんね。

【参考文献】
尾崎喜光(2017)「「言う」の発音に関する研究」『清心語文』第19号



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