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日本語日本文学科

2019.01.04

江戸時代の「替え歌」| 野澤真樹| 日文エッセイ 183

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日本語日本文学科

日文エッセイ

【著者紹介】 野澤 真樹(のざわ まき)

 近世文学担当
 主に上田秋成の研究をしています。

  江戸時代の「替え歌」

 子供のころに何らかの替え歌で遊んだことのある人は多いのではないでしょうか。替え歌にはよく知られた歌のメロディーに全く別の歌詞をのせるものと、元の歌詞の一部を改変するものとがあります。前者ですと、私は小学生の時には「アルプス一万尺」のメロディーで「となりのじっちゃんばっちゃん芋食って屁こいて大事なパンツに穴あけた」と歌うものがありました。当時はこれだけで大笑いしたものです。

 ある程度大人になっても楽しめるのはむしろ後者でしょう。私の実体験では、大学1回生の頃、大学祭の催しの宣伝に、「修二と彰」というユニットの「青春アミーゴ」という楽曲の替え歌を利用したことがあります。著作権の問題もありますのでここでその内容を紹介することは控えますが、その替え歌を仲間と一緒に考えた時には、やはり皆大笑いしながら様々な歌詞を提案し合ったのを覚えています。

 江戸時代には「地口」と呼ばれる一種の駄洒落が行われました。同じ発想から、よく知られた歌謡の替え歌があったのは自然なことと思われます。しかしこれらはひとときの慰みであり、それを取り立てて書き残した資料を私は知りません。替え歌の存在が確認されるのは当時の人間模様を伝える文学作品からです。
 例えば、明和(1764~1772)から安永(1772~1781)にかけての作品に下のような替え歌が頻繁に見られます

亀次郎・仲兵衛段々に数寄屋へ入ば、お香、挨拶ていねいに爐の炭を仕かけらるる粧ひ、さりとは古今に稀なる風流、三人の客は一向見とれて...「此様な恋しい茶の湯が唐にもあろか」と上客金多郎が心の内の嬉しさ...(明和7年1770刊『風流茶人気質』)

内儀が心得、徳利提げて呑酒やへはしり、店にならべし鉢ざかな、にしん棒鱈取まぜて帰り、「一つあがれ」と出しければ、さいつおさへつつまみぐい、「こんなゑいにしんがたらにも有ろか」と出ほうだいにうたひながら女郎の膝に足もたせ分相応の楽しみは...(明和8年1771刊『俄仙人戯言日記』)

「さあこれからは参宮※1の用意のみ」となんでも見せの売出しをつなぎ立て、御神様への御初穂、末社末社の参銭...笠も脚絆も壱やうに皆子母銭※2で買ひたつれば、買ふたといふは名ばかり我物いらずの旅ごしらへ、「こんな参りが唐にもあろか」とはなうたのつれぶし...(安永2年1773刊『向不見闇農礫』) ※1 伊勢参宮のこと ※2 使っても減ることのない不思議な銭

 「こんな○○が○○にもあろか」というフレーズは様々なバリエーションを見せながら多くの作品に登場します。この元ネタが伺える記述として、明和五年に刊行された『加古川本艸綱目』に「こんな貞女が唐にもあろかと唐迄もひけらかした時花歌に」とあり、ここに「時花歌(はやりうた)」とあるので、この元となったのが当時の流行歌謡であったことが知られます。

 その歌謡は先に挙げた作品に少し遅れ安永5年(1777)に刊行された『艶歌選』という本に見えます。『艶歌選』は当時宴席や遊廓で歌われた流行歌謡を戯れに漢詩に訳した作品で、ジャンルでいうと「狂詩集」と呼ばれるものです。この作品には歌謡の詞章とそれを漢詩に訳したものとが載りますが、ここでは該当する歌謡の本文のみを紹介します。

ひろひせかいにすみながら せもふたのしむまことと誠 こんなゑにしが唐にもあろか

 ちょうど明和・安永の頃、これが遊廓や酒宴の席上でしばしば歌われていたのです。元ネタを知ると、例えば先の『俄仙人戯言日記』が「こんなゑにし(縁)」を「ゑいにしん(良いニシン)」、「唐」を「たら(鱈)」という風に洒落を聞かせていることがわかり、いっそう面白く読むことができます。

 話題はエッセイの冒頭に戻りますが、そもそも「青春アミーゴ」という曲を知らない人と、その替え歌を共に楽しむことは不可能です。つまり替え歌とは元となる歌を知っているコミュニティのみに有効な笑いなのです。人によっては伝わらない笑いだからこそ、それを共有していることの喜びが増すのでしょう。

 後に挙げた「こんなゑにしが...」の歌謡は「青春アミーゴ」と同様に享受者の世代を限定する笑いといえます。この歌が流行した時期に遊廓などでこれを耳にした人々は作中の替え歌を大いに楽しんだに違いありません。一方で江戸時代の流行歌謡をリアルタイムに聴いたことのない我々は、様々な同時代資料を駆使してその元ネタにたどり着く必要があります。容易なことではありませんが、元ネタにたどりつけた時には少しだけ当時の人々の仲間入りができたような気がして嬉しく感じたりもします。

国立国会図書館蔵 『艶歌選』 ※左右の頁にまたがるのが「こんなゑにしが...」の歌謡本文(国立国会図書館デジタルコレクションより)

国立国会図書館蔵 『艶歌選』 ※左右の頁にまたがるのが「こんなゑにしが...」の歌謡本文(国立国会図書館デジタルコレクションより)

《引用文献》
『風流茶人気質』...早稲田大学蔵本(早稲田大学図書館古典籍総合データベース
http://www.wul.waseda.ac.jp/kotenseki/html/he13/he13_00380/index.html)
『俄仙人戯言日記』『向不見闇農礫』...上方藝文叢刊10『浪花粋人伝』(八木書店、l983)
『加古川本艸綱目』...『潁原文庫選集』第二巻(臨川書店、2017年)
『艶歌選』...国立国会図書館蔵本(国立国会図書館デジタルコレクションhttp://dl.ndl.go.jp/)
 

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