伊木 洋(いぎ ひろし)
国語科教育担当
国語科教育の実践理論を研究しています。
大村はま先生の国語教室の深い理解者であった橋本暢夫先生が、2024年12月17日(火)にご逝去なさった。深い悲しみとともに心よりご冥福をお祈り申し上げる。
『大村はま国語教室 別巻』(大村はま1985 筑摩書房)の「大村はま実践・研究目録」の編集にあたられた橋本暢夫先生は、『大村はま「国語教室」に学ぶ―新しい創造のために―』(橋本暢夫 2001溪水社)、『大村はま「国語教室」の創造性』(橋本暢夫 2009 溪水社)をはじめとする大村はま国語教室に関する著作を刊行なさり、『大村はま 国語教室 全15巻 別巻1 巻別内容総覧』(橋本暢夫編 2013 溪水社)を編集なさった。
『大村はま 国語教室 全15巻 別巻1 巻別内容総覧』(橋本暢夫編 2013 溪水社)
橋本暢夫先生は、『巻別内容総覧』の「はじめに」に、大村はま先生の国語教室について、次のように記しておられる。
大村教室においては、学習のプロセスがそのまま、学習者一人ひとりのことばの生活を育て、自己をみつめさせ、自己評価の眼を養い、「自己を育てる」態度が育成されてきた。とくに、優劣を意識させないで「自分で自分を育てる」態度の育成がめざされ、さらに、指導者が個性に介入することのない工夫を重ねることによって「個の確立」が果たされてきた。
橋本暢夫先生は、大村はま国語教室においては、ことばの学びを通して言語生活の向上を図り、同時に「自分で自分を育てる」態度を育てることが目指されたことを指摘なさっている。ここには、学びに向かう力の育成が求められている現在の課題に通じる緊要な課題の克服が目指されていたことが示されている。
この点について、橋本暢夫先生は、『巻別内容総覧』の「おわりに」(p.233)においても、次のように述べておられる。
大村はま先生の実践は、「人は一人では育たない。」「人はお互いにだれかを育てながら生きているものですし、なにより自分を育てながら生きているものです。」(「諏訪こそわが根」1983 講演)との人間観にたち、一人の日本人として民主社会を生きていく基本の力を主体的な学習を通じて、学習者一人ひとりの身につけさせていこうとする「理念」のもとに営まれてきた。『理念』ゆえに、いつ、いかなる学習者に対しても、それぞれの個人差に応じて、創意・工夫のこらされた『学習の実の場』が創りだされてきた。
橋本暢夫先生は、「人はお互いにだれかを育てながら生きているものですし、なにより自分を育てながら生きているものです。」ということばを取り上げ、人は学び合いの中で自他を育てていくものであるという大村はま先生の人間観に着目し、「一人の日本人として民主社会を生きていく基本の力」を主体的な学習を通して身につけさせるという大村はま国語単元学習の「理念」を明示なさっている。橋本暢夫先生は大村単元学習を「理念」として捉え、理念ゆえに、いかなる学習者に対しても、個人差に応じて創意・工夫の凝らされた「学習の実の場」が創り出されたことを明らかになさっている。民主社会を生きていく基本の力を育てることを目指し、主体的な学習を通して、学び合いの中で学習者一人一人の力を伸ばす大村単元学習は、生きる力を育てるために、個別最適な学び、協働的な学びの充実を求める現在の学習指導の方向につながっている。
橋本暢夫先生は、『大村はま 国語教室 全15巻 別巻1 巻別内容総覧』刊行の経緯について、「おわりに」(p.234)に次のように記された。
鳴門教育大学付属図書館の(大村はま文庫の)係の人に「『書き出し文の研究』は何巻のどこにありますか?」とか、「新聞の見出しの語彙の実践研究はどこに載っています?」との問い合わせが始終来ている。その度ごとに係の方が「全集」の目次を繰って探したり、私の所へ電話を回してこられたりする。探しあぐねて実践・研究への意欲を乏しくされる方があるのでは…と懸念することもあった。(中略)
活字化されたもので大村はま実践の精神、方法・技術を云々してはならないと考えつつ、全集のその箇所にふれ、大村はま先生の理念に学び、「数多くの二十一世紀への提案」に応えて、自己の実践を互いにたかめ合うために、本書を上梓することとする。この試みが新しい学室の建設に役立つことを念じつつ。
『大村はま国語教室』は刊行後、40年が経過し、現在、全集の入手が困難な状況になっている。『巻別内容総覧』は、大村はま国語教室の深い理解者であった橋本暢夫先生によって、その内容が、巻別、事項・項目・細目別に整理されており、単元の概要を具体的に捉えることができるようになっている。橋本暢夫先生が編集なさった『大村はま 国語教室 全15巻 別巻1 巻別内容総覧』は、大村はま先生の理念が具現化された実践研究に学び、互いの実践を高め合うために、貴重な手がかりとなっている。
・伊木洋教授(教員紹介)
・日本語日本文学科
・日本語日本文学科(ブログ)
・日文エッセイ