• Youtube
  • TwitterTwitter
  • FacebookFacebook
  • LINELINE
  • InstagramInstagram
  • アクセス
  • 資料請求
  • お問合せ
  • 受験生サイト
  • ENGLISH
  • 検索検索

文学創作論

2012.04.12

学生の作品紹介|「夕焼け色のクレヨン」(伊藤さおり) 「ひま わり童話賞」(日本児童教育専門学校主催)入選

Twitter

Facebook

日本語日本文学科

文学創作論

本学科生の創作作品が、「ひまわり童話賞」(日本児童教育専門学校主催)に入選しました。
ここにその作品を紹介致します。

夕焼け色のクレヨン
作・伊藤さおり
 今日、彩子は小学校から帰ってからずっと、家の近くの公園で絵を描いていました。
 スケッチブックもクレヨンも、一昨日の誕生日に、お父さんとお母さんからプレゼントしてもらったものです。このクレヨンは前に使っていたものより色数が多くて、彩子の自慢でした。
 彩子は絵を描くのが大好きです。学校では友達と一緒に絵を描いて遊ぶし、家では妹と一緒に描くし、こうして一人で外に絵を描きに出かけることもよくあります。
 そのせいで、新しいクレヨンはどんどんちびていきました。一昨日はお花畑を描いたので、ピンク色のクレヨンがちびました。昨日は海を描いたので、青色のクレヨンがちびました。そしてさっきまでは公園にいるチャトラの猫を描いていたので、茶色のクレヨンがちびました。
 次はあの赤いチューリップを描こうと決めて、彩子が赤色のクレヨンを手にしたとき、スケッチブックの上に誰かの影が落ちました。
 顔を上げると、知らない男の人が立っていました。とても大きなかばんを肩にかけて、彩子のクレヨンをじっと見ています。
「お兄さん、誰?」
 彩子がたずねると、男の人は言いました。
「お兄さんはね、絵を描くお仕事をしているんだ。でも、どうしてもクレヨンが足りなくて困ってるんだよ。だからさ、その夕焼け色のクレヨンを、僕に譲ってほしいんだ」
 夕焼け色、と言うところで、男の人は彩子の握っている赤いクレヨンを指さしました。少しオレンジがかっていて、たしかに夕焼けの色に似ています。
「うーん、ちょっと貸すくらいならいいけど......」
 すると、男の人は困ったように首を振ります。
「だめなんだ。ちょっとじゃだめなんだよ。だってほら、見ておくれよ。もう今日の分の夕焼け色のクレヨンは全部使い切って、一本も無くなってしまったんだ!」
 男の人が肩からかけているかばんを開けると、中には黒や紺や青色のクレヨンがどっさり入っていました。他にも黄色や紫色や、初めて見るような不思議な色もありますが、彩子の持っているような赤色のクレヨンは見当たりません。
「ああ、僕としたことが、持ってくるクレヨンの本数を間違えるなんて......。夕焼け色のクレヨンが無いと本当に困ったことになるんだ。いや、もうなってるんだ。ねえ、頼むよ。あとで、ちゃんと新しいクレヨンをプレゼントするからさ」
 クレヨンから赤が無くなったら困ると思っていた彩子ですが、新しいのを用意してくれると聞いて、それならまあいいかと思いました。それに、あんまり必死にお願いしてくるので、ちょっとかわいそうに思えてきたのです。
「うん、わかった。いいよ、私のクレヨンあげる」
「ありがとう! これでようやく夕日が描けるよ!」
 男の人は彩子の差し出した赤いクレヨンを嬉しそうに受け取ると、かばんの中に丁寧にしまいました。
 そういえば、だいぶ前から空は夕焼け色に染まっています。彩子もそろそろ家に帰らなければいけません。もしかすると、この夕日が沈む前に絵に描いてしまおうとして男の人はあんなに必死になっていたのでしょうか。そんなことを思いながら、彩子は沈んでいく太陽を見ました。
 ところが、今日の夕焼けはいつもとまるで違っていました。オレンジと紫を混ぜたような空の色も、茜色に照らされた雲の色もいつもと同じでしたが、その真ん中にある、沈んでいく太陽に、ぽっかり穴が空いているのです。穴の向こうには、青い空が覗いています。
「ねえお兄さん、あれって......」
 慌てて振り返ったときには、もう男の人はどこにもいませんでした。スケッチブックと、一本だけ足りないクレヨンが残されているだけです。そして、彩子がもう一度空を見たときには、どこもかしこもいつもどおりの夕焼け空が広がっていました。
 次の日の朝、彩子の家の前に、真新しい夕焼け色のクレヨンが置かれていました。
彩子はそれをクレヨンの箱の中にしまうと、今日は夕焼けの絵を描こう、と思いました。
おわり
 
※作品の無断転載を禁じます。

一覧にもどる