• Youtube
  • TwitterTwitter
  • FacebookFacebook
  • LINELINE
  • InstagramInstagram
  • アクセス
  • 資料請求
  • お問合せ
  • 受験生サイト
  • ENGLISH
  • 検索検索

日本語日本文学科

2007.07.02

文学と経済|綾目 広治|日文エッセイ45

Twitter

Facebook

日本語日本文学科

日文エッセイ

日本語日本文学科 リレーエッセイ
【第45回】 2007年7月2日

文学と経済
著者紹介
綾目 広治(あやめ ひろはる)
近代文学担当
昭和~現代の文学を、歴史、社会、思想などの幅広い視野から読み解きます。

今回は少し堅い話です。封建時代や絶対主義の時代にはいわゆる経済外的強制(身分制度など)が人々の生活を縛っていましたが、資本主義制度のもとでは経済外的強制は皆無ではないにしても(たとえば戦前では徴兵制など)、かなりの程度において希薄になっています。替わって人々の生活に大きな影響力を持ってきたのが経済です。マルクス主義の公式では、経済が人々の物の考え方や歴史の動向を左右する最終決定因であるとなっていますが、マルクス主義を支持するか否かに関わらず、経済が今日の私たちの暮らしや人生などを大きく左右する力を持っていることは認めざるを得ないでしょう。身近なところで言えば、景気の状態から来る、大学生の就職状況の善し悪しが、いかに学生たちの大学生活のあり方を左右するかを考えてみただけで、そのことはわかります。

このように資本主義以降の時代において人々の人生や生き方を考えるとき、経済的な問題を外すことはできないはずであるのに、日本の近代文学では経済の問題を正面からテーマにした文学は、なぜか多くはありませんでした。稀少と言ってもいいでしょう(本来ならその種の問題を得意としたプロレタリア文学も、資本家=悪玉、労働者=善玉という勧善懲悪主義的な小説しか残していません)。このことは批評や研究の世界でもそうであって、経済と関わらせて文学を考えたり、研究したりすることは遠ざけられて来ました。もっとも、作家たちも現実の経済社会に生きている以上、経済問題を意識せざるを得ませんでしたし、また何らかの形でそれが作品に反映することは当然でした。たとえば、夏目漱石の『道草』では家庭経済の問題に苦慮する大学教師の健三が主人公になっています。漱石が高く評価した長塚節の『土』の世界にある根本的な問題は、農村社会における貧困の問題でした。農民文学の名作とされている『土』における問題の大半は、貧しささえなければ解消できたかも知れないものです。

経済の問題は文学と深く関わっています。にも拘わらず、どうして実作においても研究や批評においても、そのことが明確に意識されてこなかったのでしょうか。文学をロマンティックにのみ考える〈偏見〉が、明治以降、今日に至るまで支配的だったからかも知れません。この問題自体が、近代日本の精神史、思想史の大きなテーマとなるでしょう。

もっとも、昨今では最近亡くなった城山三郎氏の経済小説などに代表されるように、経済や経済人を扱う小説も少し増えて来ています。私は、これはいい傾向だと思っていますが、ただ、それらの経済小説の多くは現実の経済社会や経済問題の〈絵解き〉としての文学です。つまり、難しそうな経済の問題を面白くわかりやすく解説する文学です。したがって、それらは文学の芸術的達成度としては残念ながら高いとは言えません。しかし、それらの小説が数多く読まれていることも事実であり、研究者たちはそのことを無視出来ないはずですが、しかし、ほとんど研究されていません。研究の世界も、前述しました〈偏見〉に支配されていると思われます。本学の日本語日本文学科では、そういう〈偏見〉から逃れたところで文学、とりわけ近代文学を学生たちと研究していきたい考えています。

画像は、『土』(長塚節著、岩波文庫)

日本語日本文学科
日本語日本文学科(ブログ)

一覧にもどる