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日本語日本文学科

2006.07.03

時代を映す推理小説 ―無気力な生活と犯罪―|綾目 広治|日文 エッセイ33

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日本語日本文学科

日文エッセイ

日本語日本文学科 リレーエッセイ
【第33回】2006年7月3日

時代を映す推理小説 ―無気力な生活と犯罪―
著者紹介
綾目 広治 (あやめ ひろはる)
近代文学担当
昭和~現代の文学を、歴史、社会、思想などの幅広い視野から読み解きます。

19世紀ロシアの小説家ゴンチャロフに「オブローモフ」(1859年)という小説があります。オブローモフというのはこの小説の主人公の名前で、オブローモフは優秀な頭脳を持った青年知識人ですが、全てのことにやる気をなくし、無気力に陥ったまま一日中ベッドに寝転がって、毎日を怠惰に過ごしています。なぜ無気力なのかと言えば、自分の前途に希望を持てないからなのですが、彼はその問題を正面に据えて考えてみることもせず、全てのことに対して無気力、無感動な精神状態の中にいるだけです。といっても、オブローモフ自身に問題があったというよりも、青年をそういう状態に追いやった当時のロシア社会の方により根本的な問題があったと捉えるべきでしょう。

こういう青年が考え付くことの一つに犯罪があります。誰もがその名前だけは知っている小説にドストエフスキーの「罪と罰」がありますが、この小説は「オブローモフ」の7年後の1986年に発表されました。

「罪と罰」の主人公ラスコーリニコフも、自分の将来に希望を持つことができず、彼も無気力で怠惰な生活をしていました。彼はまた、貧しくもありましたが、やがて金貸しのお婆さんを殺害して金を奪うことを計画し、それを実行に移します。

興味深いのは、江戸川乱歩の初期の推理小説に、オブローモフやラスコーリニコフと似たような精神類型を持った主人公たちが登場することです。たとえば代表的な短篇推理小説「屋根裏の散歩者」(大正15年)の郷田三郎もその独りです。彼も無気力で無感動な精神状態の中にいましたが、アパートの屋根裏を徘徊して住人たちの私生活を覗き見ることに楽しみを見出だします。

やがて同じアパートの住人が口を開けて眠っているところを屋根裏から見て、その住人の口に毒薬を垂らして殺害することを思いつき、実行します。
その住人に対して特に恨みがあったわけでも、また何か争いごとがあったわけでもありません。その犯罪が面白そうで、かつ完全犯罪として成功するのではないかと思ったから、やってみたのです。そんな動機で人を殺害できるのだろうかと思われますが、無気力で無感動であまりに退屈していると、人はそのようなこともやりかねないかも知れません。あるいは、当時はそれだけ、青年たちは明日への希望が見出だせない絶望状態にあったからともいえましょう。

明治末から大正にかけての時代というのは、石川啄木が述べたような「時代閉塞の現状」(大正2年)という状況が青年たちを覆っていたと考えられます。少なくとも青年たちにはそう感じられていました。そういう中での郷田三郎の犯罪です。この事件については、あの明智小五郎が、例によって鮮やかな推理で解決します。もっとも、明智小五郎も郷田三郎のように退屈していた青年であり、だからこそ犯罪に興味があったともいえます。幸いにも明智は犯罪者にならずに事件を解決する側の人間になりましたが。

明智小五郎のような鮮やかな推理が推理小説の読ませどころでありますが、それと同時に推理小説は意外に時代の問題や時代相というものを映し出しています。むしろ社会や時代の問題を意識的に取り上げた社会小説などよりも、精確に映し出していることがあります。では、その問題とは何か、またその問題をどう考えるべきでしょか。日本語日本文学科では、授業の中でそのような問題について、学生たちと広い視野からの深い考察を試みています。

画像は『創作探偵小説集2 復刻 屋根裏の散歩者』(江戸川乱歩著・春陽堂書店刊)

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