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日本語日本文学科

2005.02.01

不易も流行も|星野 佳之|日文エッセイ16

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日文エッセイ

日本語日本文学科 リレーエッセイ
【第16回】2005年2月1日

不易も流行も

著者紹介
星野 佳之 (ほしの よしゆき)
日本語学担当
古代語の意味・文法的分野を研究しています。

「言葉は変わる」というのは本当によく聞く言葉である。「ら抜き言葉」など、私が中学生の頃から既に言われていた記憶があるから、少なくとも20年は人々の関心を引き続けている事になるだろう。

確かに言葉は変わるが、実はその変化に我々が無自覚な場合も、多いように思う。例えば「こだわる」という言葉など、思い起こせば元は専ら悪い意味に使っていたのではないかという気がする。まだ私が学生の頃、恩師が自ら豆を挽き、ドリッパーにポットでお湯を注いでコーヒーを入れるのを見て、一人の学生が「こだわってるんですね」と言った。これ対して先生はいささか困惑気味に、「だっておいしい方がいいに決まってるじゃないか」と答えたのだが、これは良い意味の「こだわる」と古い「こだわる」が交錯した場面であったと思う。

もともと両方の用法があったのかもしれないが、今は「こだわりの店」のような用法の方が勢力を得てきている気がする。そして私はその変化の只中に生きていながらもそれに気づかず、上のコーヒーの場面で、ふと気づかされたのだった。

一方で、言葉は変わるだけではない。「花」は古来一貫して「花」である、といった例は基本語彙を中心によく見られるが、それらをおいてなお、むしろ変わって良さそうに見えながら、しぶとく使い続けられる言葉も中にはある。私が一例として思い浮かべるのは、「在来線」という言葉である。言うまでもなく「新幹線」の対として用いられるこの言葉は、考えてみると明らかに暫定的な発想によるものだ。例えば瀬戸大橋線は1988年の開業というから、語の本来の意味からすれば、山陽新幹線の方が「在来」の路線なのだが、あくまでも在来線は瀬戸大橋線の方で、「こだま」や「ひかり」が新幹線である。「暫定的な発想」と言ったのはこのことだが、それは相手の「新幹線」自体も同様であった。「山陽本線」「中央本線」といった「幹線」がある中で、新たに誕生したのが「新・幹線」という訳だ。この新しい路線が、いずれ当然に古くなる時代のことは、視野に入れない命名法である。

この「新幹線/在来線」というペアを見ると、人々がこの新しい列車に寄せた大きな期待を感じる思いがする。開業当時の新聞には、「夢の超特急」という枕詞のような言葉が何度も繰り返されている。今も岡山駅の新幹線ホームに残る「胴上げはしないで下さい」という注意は、そんな新幹線にまつわる晴れがましい雰囲気の名残に違いない。「新幹線」は、単に新しいだけでなく、それまであった幹線の諸々を「在来線」とひっくるめてしまうような、次元の異なる列車だったのだろう。まさに「超」特急である。新幹線に対するそうした熱い眼差しの中で、「在来線」という言葉は定着したのではないかと想像する。

新幹線の社会での地位・役割が相当身近なものになった現在、私たちがそこまでの思いで新幹線を見る事は少なくなった。そしてそういう熱気を失ってなお、「新幹線/在来線」というペアが改廃される兆しはない。時として、意外に変化しない言葉もあるのである。

「在来線」も「新幹線」も、どちらかと言えば不出来な方の成り立ちの語かも知れないが、だから「在来線」という言葉の使用を見直すべきだ、と言いたいのではない。むしろ言葉が持つこんな性格の一面を、確かめておきたいのである。

誕生した時と事情が変わり、命名の要因となった要素が消滅しても、定着してしまえば言葉自体は変わらない場合がある。或いは知らぬ間に言葉がその性格を変異させていることもある。そして私たちはどちらの場合にも、普通は違和感さえ持たない。変わる言葉とも変わらない言葉とも、案外うまく付き合っているのが私たちなのだ。

新しい言葉の用法を取り上げて、それは「乱れ」であるとか、いや意味あって派生された便利な用法なのだとかいう議論が珍しくない。しかし実際の私たちは、古い用法だから守らなければならないとか、機能的でないから合理的に廃止しようとか、そのような単純な原理で言葉を扱うだけではない。言葉もそれを使う私たちも、もう少し手強く、私たちの思わくなど実は気にせず、そして気まぐれなところが多分にあると私は思うのだが、読者はどのように考えられるだろうか。

〔付記〕
最初の「読者」となって頂いたJR西日本・岡山支社広報室より、「全国新幹線鉄道整備法」という法律に、「『新幹線鉄道』とは、その主たる区間を200㎞毎時以上の高速度で走行できる幹線鉄道をいう」との規定があり、定義上はこの法律に基づく幹線が「新幹線」である由、またホームの案内はコメットや紙テープが架線に飛んで停電事故を発生さないためのものである旨のご説明を頂いた。現在でも新婚旅行に出る際などに胴上げを行おうとする人があり、放送で注意を呼び掛けることもあるそうである。丁寧なご説明への感謝と、安全に強く配慮する同社の姿勢に接したことを明記しておきたい。

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