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英語英文学科

2018.10.12

アメリカ講演の醍醐味│広瀬佳司

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英語英文学科

2018年8月17日にロサンゼルスに到着して2日目の夜は、翌日の講演の緊張なのか、単なる時差ボケかわからないがほとんど眠れなかった。4度目のロサンゼルス講演であるにもかかわらず、かなり緊張していた。今回の私の演題は、「エリ・ヴィーゼル(Elie Wiesel、1928~2016)の初期と後期の作品に見られる世界観の変貌」である。ヴィーゼルは、ノーベル賞作家として、アメリカはもとより世界中でよく知られているユダヤ系アメリカ人で、少年時代にホロコーストを経験したホロコースト生存者である。アウシュヴィッツ収容所やブーヘンヴァルト収容所に家族と共に送られたが、母と妹はアウシュヴィッツ収容所へ送られた後、すぐに惨殺された。父親もブーヘンヴァルト収容所で、ドイツ兵士らの暴力に晒され亡くなっていく。この辺のところは処女小説『夜』(イディッシュ語原作『そして世界は沈黙を守った』、1956)に詳述されている。平和活動に尽力したヴィーゼルは、残念なことに2016年7月2日に87歳で死去した。2000年にロンドンで開催された世界ホロコースト会議でお話した時の彼の哀愁に満ちた表情が、今でも私の脳裏に焼き付いている。

ヴィーゼルは1986年にノーベル平和賞を受賞するが、初期の作品に見られたドイツ国家や、ドイツ人への憎しみは既に後期の作品からは消えている。そのようなことは、聴衆として私の講演に来てくれるような知的階層のユダヤ人であれば誰もがよく知っている事実である。ただ、イディッシュ語で書かれた処女作『そして世界は沈黙を守った』を原文(半世紀前に既に絶版)で読んでいる方はおそらく皆無であろうと思う。

(エリ・ヴィーゼル著 イディッシュ語原作『そして世界は沈黙を守った』, 1956 出版)

(エリ・ヴィーゼル著 イディッシュ語原作『そして世界は沈黙を守った』, 1956 出版)

私のテーマがヴィーゼルのホロコースト観に深く関係しており、非常にデリケートな部分があるので、地元のユダヤ社会の人々に誤解を与えるようなことがあってはいけないという心配もプレッシャーとなっていたのかもしれない。
 やや緊張した面持ちの私の講演に約50名の地元の教授、弁護士、医師といった(専門職の)人々や学生が集まり、予定通り4時から1時間ほど講演し50分近くの質疑応答をした。今回の質疑応答で重要と思われる質問を、反省も兼ねて解説してみたい。

(サンタモニカ・シナゴーグ講演会場,2018年8月19日)

(サンタモニカ・シナゴーグ講演会場,2018年8月19日)

最初に、専門的な質問がきた。「エリ・ヴィーゼルの『夜』を英訳でしか読んでいませんでしたので、先生の英訳で初めてオリジナルのイディッシュ語では、直截に彼の感情が表明されているのを知りました。ありがとうございます。では、一体ヴィーゼルは何故オリジナルを英訳の際に大きく変えたのでしょうか?」という本質的な質問だ。この疑問には、ヴィーゼル自身が「当時は無名の作家であったし、英語があまり出来なかったので、訳者に全て任せた結果である」と、彼の妻が出版した新訳『夜』(2006)の「まえがき」に記していることを説明した。最初の仏訳(1958)、英訳(1960)で知名度の低いヴィーゼルは編集者らの提言を受け入れざるを得なかったのではないか、と答えた。
 次は、私の講演会で必ず出る質問の一つであった。「先生がイディッシュ語を始めた理由は何ですか?」。いつもの様に、イディッシュ語作家アイザック・シンガー(1902-1991)が著した『ショーシャ』(英訳Shosha、1978)との偶然の出会いのことを話した。40年前に当時大学院生だった私は、シンガーの文学に魅了され、彼の作品を原著で読むことを夢見てイディッシュ語を学んだのだ。また、ヴィーゼルは、最後までドイツを嫌っていたのではないかという意見もフロアーからあった。その通りかもしれない。
 最後の質問が「広島・長崎の原爆とホロコーストの類似性はありますか?」であった。これは危険な質問である。私は、「全く状況が異なるので答えられない」と逃げた。表面的な比較をして、ユダヤ団体から「ホロコーストの歴史的な意味を曲解している日本人」とお叱りを受けていたかもしれない。
 アメリカでの講演で、「あなたにはユダヤ人の心(ネショーメ)があるわね」と誉めていただいたことがある。ヘブライ語の「ネショーメ」(neshome/neshoma)とは「魂」「心」の意味で、他の言葉では置き換えられない。日本語で言えば「私たちユダヤ文化・言語そして歴史を本当によく理解してくれてありがとう」というくらいのニュアンスになるだろう。
 言葉というものは不思議なもので、一瞬にして世界さえ創造してしまう。蜃気楼のように儚い世界の中で人は泣いたり、笑ったり、幸せを感じたり、憤ったり、不幸になったりする。単なる日常的コミュニケーションのための記号ではなく、言語そのものに〈言霊(ことだま)〉がそなわっているという日本の古代信仰と似た考えが、洋の東西を問わず遍在しているようだ。
 20数年間アメリカやカナダで講演活動をしていて、今回の様にドキドキの緊張感を味わうこともあるが、これもまた多言語世界である移民国家アメリカやカナダでしか味わえない講演の醍醐味であろう。これからも言葉の意味を大切にして、多民族社会で心地よい緊張感を楽しめるような自分でありたい。

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