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日本語日本文学科

2020.04.01

茶碗によそって食べるのは御飯? それともコメ? |尾崎喜光|日文エッセイ198

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日本語日本文学科

日文エッセイ

入試情報

【著者紹介】
  尾崎 喜光(おざき よしみつ)
  日本語学担当
現代日本語の話し言葉の多様性に関する社会言語学的研究。
日本語の男女差、年齢差(加齢変化)、地域差(方言)、方言と共通語の使い分け、敬語行動、
現在進行中の言語変化、韓国語との対照言語行動研究など。研究テーマも多様。
 

茶碗によそって食べるのは御飯? それともコメ?

「コメを食べる」
 「国民一人当たりの年間のコメの消費量は減少傾向にある」と言ったときの「コメ」は穀物の一種であるあの米の意味です。「日本人の主食はコメである」と言ったときの「コメ」も同様です。
 一方、「スーパーでコメを買ってきた」と言ったときのコメは、「穀物の一種」という意味もないではありませんが、むしろ「調理前の生の米」という意味です。
 では、「朝はパンで昼は蕎麦だったから、夜はコメが食べたい!」と言ったときの「コメ」はどうでしょうか? このときの「コメ」は「炊いた御飯」すなわち「米飯」という意味です。「調理前の生の米」ではありません。
 最近は、「炊いた御飯を食べる」という意味で「コメを食べる」と言う人が増えてきているようです。昭和30年代前半生まれの私などには、何だか生の米をポリポリとかみ砕いて食べているようなイメージが浮かび、相当違和感があります。皆さんは私と同じ感覚でしょうか? それとも何の違和感もなく普通に使っているでしょうか?

調査してみると…
 「米飯」という意味で「コメ」を使っている人が現在どれくらいの割合いるか調査してみました。
 回答者は東京都在住の20歳~69歳の男女1,049人です。回答者は私の知り合いではなく(友達は1,000人もいません)、無作為に(=くじ引き式に)選ばれた人たちです。調査は民間の調査会社に委託し、その調査員に面接により調査してもらいました。調査期間は2018年10月から約半年です。
 調査員には回答者に対し「パンではなく炊いたご飯を食べるという意味で、このように言うことがありますか」と質問してもらいました。「このように」とは、回答者に手に持ってもらったカードに書かれた「コメを食べる」です。まわりくどい質問法のようですが、調査員による発音の不自然さや不揃いを回避するため、口頭ではなく文字で提示しました。回答の選択肢は「言うことがある」「言わない」の二択です。
 回答を集計したところ、「言うことがある」と回答した人は約4割いました。半数こそ超えていませんが、「コメを食べる」と言う人が現在少なからずいることがわかります。
 「コメを食べる」と言う人の割合は年齢層や性別によっても異なりそうです。そこで、回答者を10歳刻みの年齢層に分け、さらに男女に分けて分析してみました。結果は次のグラフのようでした。


「コメを食べる」と言う人の割合
 男女を合わせた「全体」のグラフを見ると、言う人の割合は若年層ほど多いことがわかります。20代では約6割が使っています。言わない人の方がむしろ少数派です。この年齢差は、この言い方が現在普及しつつあることを物語っていると思われます。
 男女に分けて分析したところ、若年層に向けて増加する傾向は男性にも女性にも見られます。性別に関係なく現在普及しつつあるものと考えられます。ただし数値は、どの年齢層でも女性より男性の方が高くなっています。とりわけ20代では男女差が大きく、男性は7割近くが使っています。こうした男女差が見られるのは、丁寧語の付く「おコメ」との対比で「コメ」が意識されると、丁寧語の付かない「コメ」にややぞんざいさが感じられるためかもしれません。

なぜ「コメを食べる」が普及しつつあるのか?
 では、なぜ「コメを食べる」という言い方が普及しつつあるのでしょうか?
考えられる原因の一つは、従来の「御飯を食べる」が多義的であるということです。「御飯を食べる」には「米飯を食べる」という意味もありますが、「食事をとる」という意味もあります。話の状況によっては曖昧さが生じそうです。その曖昧さを解消するため、「米飯を食べる」の方を「コメを食べる」としたのではないかと考えられそうです。
 パンでもなく麺でもなく米飯なのだということを明確にするため、「御飯」ではなく「コメ」が用いられるようになったのだろうということです。「コメを食べる」は一見不思議な表現と感じられますが、じつは非常に合理的な理由にもとづく言語変化ではないかと考えられます。
 不思議な言葉があることに気づいたとき、「それは正しくない言い方である」と評価するだけでは、そこで思考停止になります。ありえない言葉が実際にあるからには何らかの合理的な理由があるのではないかと思考を進め、それを探っていく姿勢が、言語研究では大切です。皆さんも思考停止から脱却し、「なぜ?」と考えてみませんか?


【参考文献】
尾崎喜光(2019)「きょうの夜ごはんはコメを食べよっ!―食事に関する新表現の普及―」『清心語文』第21号

*本記事は、JSPS科研費JP18H00673(研究課題「共通語の基盤としての東京語の動態に関する多人数経年調査」;研究代表者・尾崎喜光)による研究成果の一部です。



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