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日本語日本文学科

2011.05.01

文学研究の魅力|山根 知子|日文エッセイ91

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日文エッセイ

日本語日本文学科 リレーエッセイ
【第91回】2011年5月2日

文学研究の魅力
著者紹介
山根 知子(やまね ともこ)
近代文学担当
宮沢賢治・坪田譲治を中心に、明治・大正の小説や詩および児童文学を研究しています。

「音楽に進むのか、進まないのか、どうするつもり?」
高校2年生の夏、母にそう問いつめられて、答えに窮した私は、リビングでそのまま意識を失ってしまいました。初めて無意識の働きに気づかされたのは、そのときだったかもしれません。
高校時代の私は、進路に悩みつつも、小さい頃から続けてきたピアノを活かして、音楽方面に進むことも一つの選択肢として考えていました。しかし、自分が使命感とやりがいをもって本当にやりたいことは何なのか、考え悩んでいました。そうしたなかで、それまでは文学少女というわけでもなかった私が、高校1年で井伏鱒二の『黒い雨』に出会い、ひとりひとりの人間が原爆をめぐる日々の営みのなかでどう生きようとしているのかという心の機微が鮮やかに描かれていることに感銘を受けました。そうして、この2年の夏には、太宰治の『斜陽』を読んでいて、屈折した心理をもつ主人公の心が不可解ながらも気になり、何とか理解したいと思うなかで、人の心の複雑さと文学作品の奥深さに目覚めはじめていました。私は、捉えにくい他者の心を知りたい、また自分の心もつかみたいという思いから、文学や人間の心理を探究する方面に興味を持ちはじめたのだと思います。

そうして大学進学においては、音楽という選択肢を捨てた形で、文学か心理学を学ぶことの出来る文学部に入りました。1年間模索したのち、大学2年の進学時に選んだ専攻は、日本文学でした。
こうしてみると、まわり道をしたようでもあり、あるいは一つの道を選ぶためにそれ以外の道を切り捨ててきたようにも思われました。しかしながら、私の現在までの人生で切り捨ててきたように思われた道は、文学研究のなかで、活かされてきたということができます。
それは、私が近代文学作家のなかでも主として研究している宮澤賢治研究において、音楽の観点から研究を深めることができたからです。音楽への関心をもった近代文学作家が多いように、賢治も実際に自らチェロやオルガンを弾いたり農学校の生徒や農民たちと楽団を結成したり、多くのレコードを購入してレコードコンサートを行ったりしていました。そうしたなかで生まれた作品「セロ弾きのゴーシュ」や「銀河鉄道の夜」(ドヴォルザーク作曲の交響曲「新世界より」が登場します)を研究する際に、私は賢治と同じようにチェロを初めて弾くことに挑戦しながら、賢治が当時読んだ音楽書や教則本を入手して読みました。授業でもCDやチェロを持参して賢治が弾いた曲を紹介し、時にはゴーシュの演奏会のように本学オーケストラクラブの演奏会に参加して隅っこで演奏させてもらうなど、賢治の追体験を背景に、研究を深めることができました。

さらに、現在私は賢治の心理学への関心について探る研究に着手しています。これもまた私がかつて
選択しなかった心理学の方向に、日本文学研究のなかで向き合うことになったのだといえます。賢治
は、自分の創作を「心象スケッチ」だと述べ、「心理学的な仕事の仕度」として書いたものだと告
白しています。賢治の言う「心理学的な仕事」とはどういうもので、「心象スケッチ」とどのよう
な関係があるのでしょうか。賢治が同時代のなかで読んだと思われる心理学関係書を入手し、調査する研究を進めていくと、明治・大正期の心理学研究における催眠やテレパシーなど潜在意識の働きに賢治も注目して「心理学的な仕事」と述べていた様子が少しずつ明らかになってきて、賢治が心理への関心とその記述に格別の思いを寄せていた姿が見えてきます。

このような文学研究をするたびに、各作品は、作家がある時代のなかで人生を送るなかでさまざまな関心によって得た知識や実感から意識・無意識双方の作用により織物のように織りあげた人生観によって、生み出されているのだと感じられます。言い換えると、文学の分析には、作家や作品に関係してくる多様な分野の問題が絡んでおり、賢治で言えば、ほかにも農業、鉱物、天文、物理、民俗、宗教、美術など多彩な分野を「生きる」ことにつなげて取り込んでいる文学だからこそ、読む人も関心の幅を拡げて様々な角度からのメッセージを受け取りながら、文学に託された生きるヒントを汲み取ることができるのだといってよいでしょう。

まわり道に見える道行きの末に文学に辿りついた人や、文学と同時に幅広い領域に多くの関心を抱いている人には、文学研究において貴重な個性的視点を持っていることに気づいて、それを活かしてほしいと思います。また、自分の視点で作品世界と行き来する思考を積むことで、自己の発見に導かれることは、文学研究の大きな喜びだと感じています。これからも皆さんとともに、そうした魅力に満ちた文学体験を分かち合いたいと思います。

画像は、コミック版『銀河鉄道の夜』(発行・ホーム社 発売・集英社)2010年7月発行
原作・宮沢賢治 漫画・北原文野。

この本は、本学日本語日本文学科卒業生の田中陽子さん(秋水社)が編集者として制作に関わったものです。
田中陽子さんは、授業「文学創作論」にも参加し、作品を制作しました(こちらに掲載)。

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