• Youtube
  • TwitterTwitter
  • FacebookFacebook
  • LINELINE
  • InstagramInstagram
  • アクセス
  • 資料請求
  • お問合せ
  • 受験生サイト
  • ENGLISH
  • 検索検索

日本語日本文学科

2013.05.01

「よろしい」考 (1)|尾崎 喜光|日文エッセイ115

Twitter

Facebook

日本語日本文学科

日文エッセイ

日本語日本文学科 リレーエッセイ
【第115回】2013年5月1日
【著者紹介】
尾崎 喜光(おざき よしみつ)
日本語学担当

現代日本語の話し言葉の多様性に関する社会言語学的研究。日本語の男女差、年齢差(加齢変化)、地域差(方言)、方言と共通語の使い分け、敬語行動、現在進行中の言語変化、韓国語との対照言語行動研究など。研究テーマも多様。


「よろしい」考(1)

事務書類の「よろしいか」
 
 大学を運営していくにあたってはさまざまな書類が必要になります。その中には、許可願等を承認してよいかどうかの判断を担当者に求める書類もあります。その書類のテンプレートには次のように書かれています。
    「次のとおり承認してよろしいか。」
 この表現を初めて見たときはびっくりしたという人は多いと思います。なぜびっくりするかというと、ちょっと偉そうな言い方に、今風の言葉で言えば上から目線的な言い方に聞こえるからです。その原因はどこにあるかというと、丁寧語の「です」がないところです。
 「よろしい」は「よい(いい)」を重々しくした丁重語ですが、現代日本語では、文末では丁寧語の「です」とセットで用いるのが一般的です。つまり、「よろしい」を使うのであれば、「よろしいか」ではなく「よろしいですか」とするわけです。同様に、「そう」の「さよう」は「さようか」ではなく「さようですか」、「どう」の「いかが」も「いかがか」ではなく「いかがですか」とします。
 そのような感覚があるため、「です」のない「よろしいか」は、タメ口のようなぞんざいな言い方に聞こえるのです。ただし、「よいか」と異なり、「よろしいか」は丁重語「よろしい」を含んでいる点で重々しさはあります。重々しく、かつぞんざいにという微妙なニュアンスです。ちょうど時代劇や時代小説で、武士が町人に話しかける言葉のようです。
 しかし、冒頭の書類は、そのようなニュアンスを意図して書かれたとは考えにくいように思います。ではなぜこのような表現が実際に用いられているのでしょうか。
 これはおそらく、「次のとおり承認してよいか」という表現が背後にあり、この「よい」を丁重語の「よろしい」に置き換えて成立した表現ではないかと思われます。つまり、「よろしいか」を、「よろしいですか」の「です」が省略された表現と考えるとぞんざいに聞こえる一方で、「よいか」の置き換えと考えると丁重に聞こえるわけです。この文を作成した人の敬語的意図は、「ぞんざいさ」ではなく「丁重さ」であったのだろうと推測されます。何を比較の基準とするかにより、受ける印象はずいぶん異なります。
 
関西の「よろしい?」
 
 ところで関西では、「これでよろしい?」のような「です」を伴わない「よろしい」を話し言葉として聞くことがあります。たとえば店員さんからお客さんへの言葉として聞くことがありますが、全体が丁寧体で構成されている中で、ここだけ丁寧語がないのです。他所から来た者は、そこだけ瞬間的に距離を縮められたような気分になるのではないかと思います。私もそう感じた一人でした。そのときの話し手の意識はまだ十分調査できていませんが、丁重語は丁寧語まで兼ねているという意識があるのかもしれません。
 もっとも、関西の人であれば誰もがこのような表現を使うというわけでもなさそうです。無作為に選ばれた大阪市在住者204人を対象に、2010年にアンケートをしてみました。回答者には、自分はバザーや催し物の販売係をしていると想定してもらい、お目当てのものが見つからないお客さんに対し代わりになりそうな品物を勧めるときに「(これでも)よろしい?」と言うことがありそうかどうかを答えてもらいました。
 その結果、「言うことがある」は41%、「言わない」は55%、「わからない」は3%でした。年齢差や性差はほとんどありません。全体としては大阪でも言わない人の方が多いようですが、他の地域との比較では、言うことがある人の割合はおそらく多いと思われます。
 回答者には、このような場面で使われる「(これでも)よろしい」という言い方はどんな感じがするかについても答えてもらいました。結果は次のグラフのとおりです。

 「全体」を見ると、「ふつうの言い方だ」と感じている人が60%と多いことがわかります。「丁寧な言い方だ」も7%いますが、これは「(これでも)ええ?」との対比を意識しているのかもしれません。一方、「少し偉そうな言い方だ」も31%います。大阪でもそのように感じている人が少なからずいることが確認されますが、これは回答者自身が言うか言わないかとも関連がありそうです。
 回答者自身の使用と関連付けて分析すると、「言うことがある」と回答した人は「ふつうの言い方だ」と感じる傾向があるのに対し、「言わない」と回答した人は「少し偉そうな言い方だ」と感じる傾向があることがグラフから読み取れます。どう感じるかは、自分自身の使用ともおおいに関連しているわけです。
           
 ところで、岡山では次のような表現をよく聞きます。いずれも、店員さんや駅員さんからお客さんへの言葉です。
   「一回払い(クレジットカード)でよろしいですかねえ」(ドラッグストアのレジで)
   「お一人さまでよろしいですかねえ」(JRみどりの窓口で)
個人的に知らないお客さんに対し、「よろしいですか」に「ねえ」を付けて表現することは、首都圏などではあまりなさそうです。次回はこの表現を考えてみます。

日本語日本文学科
日本語日本文学科(ブログ)

一覧にもどる