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日本語日本文学科

2014.04.01

文学と経済──城山三郎と大原孫三郎のこと──|綾目広治|日文 エッセイ126

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日本語日本文学科

日文エッセイ

日本語日本文学科 リレーエッセイ
【第126回】2014年4月1日
【著者紹介】
綾目 広治(あやめ ひろはる)
近代文学担当

昭和~現代の文学を、歴史、社会、思想などの幅広い視野から読み解きます。

文学と経済──城山三郎と大原孫三郎のこと
 〈文学と経済〉というテーマは、おそらく一般にはあまり馴染みのないものでしょう。しかし、これは重要なテーマではないでしょうか。
 封建制や絶対主義の時代には、身分制度などのいわゆる経済外的(経済以外の)強制が人びとの生活を縛っていましたが、資本主義制度のもとではその経済外的強制は絶無ではないにしても、かなりの程度において希薄になりました。それに替わって人びとの生活に大きな影響力を持ってきたのが経済です。近頃のワーキングプアの問題を見ても、そのことはわかるでしょう。経済状況が人びとの暮らしや人生そのものをいかに大きく制約することか!
 したがって、資本主義以降の時代における人びとの生き方や人生を考えるとき、経済的な問題を外(はず)すことはできないはずです。そうであるにもかかわらず、日本の近代文学では、これまで経済の問題を正面からテーマにした文学はきわめて数が少なかったのです。このことは、文学研究においても同様でした。〈文学と経済〉というテーマは、昭和初期のプロレタリア文学以後は、文学研究においてほとんど論じられることはありませんでした。

 残念ながら、こういう状況は今なお続いていますが、しかし小説の分野では、経済社会の中で生きる人びとの人生や生活を描いた作品も、近年では出てくるようになり、経済小説というジャンルも生まれてきました。その第一人者が二〇〇七年に逝去した城山三郎(しろやまさぶろう)という作家でした。たとえば城山三郎は、高校生にも知られるようになった経営学の大家であるドラッカーも高く評価している、明治の実業家であった渋沢栄一(しぶさわえいいち)や、自動車メーカーのホンダを
創立した本田宗一郎(ほんだそういちろう)の生涯などを描いた伝記小説を書き、多くのビジネスマンに愛読されました。

 それらの伝記小説の中に、倉敷紡績の社長だった大原孫三郎の生涯を描いた『わしの眼は十年先が見える──大原孫三郎の生涯』(一九九四年)があります。大原孫三郎は、自社の経営のことばかりでなく、地域社会に利益を還元することや福祉授業にも力を入れた企業家でした。それだけでなく、何よりも従業員の福利厚生に熱心に取り組んだ人でした。福利厚生で有名なのが、真夏の暑さを少しでも減らすために工場の煉瓦(れんが)に蔦(つた=アイビー)を這(は)わせたり、井戸水を循環させる冷房施設を工場に設置したりして、従業員が快適な環境で仕事をできるようにしました。現在、倉敷市にあるアイビースクエアーは、その名残(なごり)です。彼はまた、従業員の宿舎の改善にも熱心に取り組みました。

 さらに、倉敷への陸軍連隊の配置に対して、大原孫三郎が激しく反対したために倉敷は軍事基地を持たぬ街となり、第二次大戦下において空襲を免れることになりました。それだけでなく、彼が収集した美術品が大原美術館に所蔵されていたことも、空襲を免れた理由であったとされています。大原孫三郎は新しく工場を作るときでも、いちばん失業者が多くて困っているところへ工場を作るような実業家でした。
 このように城山三郎は、大原孫三郎の生涯を描くことによって、現代の社会におけるあり得べき実業家像を提示しようとしたわけですが、それとともに、経済社会で生きていかざるを得ない人びとの人生を、正面から見据(す)える文学を創りました。また、実業家だけではなく、普通のサラリーマンの、そのサラリーマンとしての人生にも眼を向けた小説も残しています。

 本学科の近代文学分野では、これら経済小説などにも視野を拡げた講義に取り組もうとしています。従来の文学研究の枠組みを超え出た試みです。その講義で学ぶことによって、これまで自分が漠然と持っていた文学観とは異なる、新しい文学の世界に触れることができるのではないかと思います。〈文学と経済〉というテーマを一緒に考えてみませんか。

*画像(上)は城山三郎著『わしの眼は十年先が見える  大原孫三郎の生涯』(新潮文庫刊)、(中)はアイビースクエア、(下)は大原美術館。
無断転載を禁じます。
 

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