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日本語日本文学科

2004.02.29

初だより、「梅に鴬」|片岡 智子|日文エッセイ4

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日文エッセイ

日本語日本文学科 リレーエッセイ
【第4回】2004年2月29日
初だより、「梅に鴬」
著者紹介
片岡 智子 (かたおか ともこ)
古典文学(平安)・日本文化史担当

文学と文化史の観点から古代文学、主に和歌を研究しています。
 
はじめに
 
梅の花の初だよりが聞かれるようになりました。鴬はまだでしょうか。このように私たちは「梅」といえば、「鴬」を連想します。「梅に鴬」は、取り合わせのいいことの譬えにもなっています。けれど梅の花が咲いて、やがてその梅の木に鴬がやって来たところを実際に見たという人はごく限られているのではないでしょうか。実際にそのような光景を目にしたときは、うれしくてその日は特別な春の一日になることでしょう。その時の感動は、たんに自然に出会ったというだけではなく、少し大袈裟にいえば詩的な、文学的感動ともなっているはずです。なぜなら「梅」に「鴬」という景物の取り合わせは『万葉集』の歌人たちによって開拓され、『古今和歌集』で定着された美的表現だからです。

『万葉集』の「梅と鴬」の歌

『万葉集』の「梅と鴬」の歌

ご存じのように梅は中国からの渡来の植物で万葉人にとっては珍重すべき文芸植物でした。大伴旅人が太宰府の長官だったとき、梅花の宴を催しました。そのとき招待された官人たちが梅の歌を詠んでいますが、それらの歌の中に梅と鴬の歌が見られます。そのうちの一首で、庭に植えてある梅の枝で遊んで鳴いている鴬が、今を盛りに咲いている美しい花を散らすのではないかという歌があります。
我がやどの梅の下枝(しづえ)に遊びつつうぐひす鳴くも散らまく惜しみ (巻五・八四二)

梅花を惜しむ心が詠まれています。このように萬葉の「梅」と「鴬」が組み合わされた歌は、梅の方が主役で、鴬が主役ではありません。

一方で「鴬」は、春を告げる鳥でした。「鴬」だけを詠んだ歌では、冬こもり春さり来ればあしひきの山にも野にもうぐひす鳴くも (巻十・一八二四)

とあるように、冬も去って春が来たので山でも野でも鴬が鳴くのだなあといって、春の到来を詠っています。『万葉集』においては梅の花の方が脚光をあびる華やかな存在で、鴬の方が在来の季節感を伝えるものでした。それを巧みに取り合わせたのです。
 
『古今集』の「梅と鴬」の歌
 
「鴬」が春告げ鳥だということは、平安の第一勅撰集である『古今和歌集』に継承され、さらに明確になります。鴬の谷より出づる声なくは春来ることを誰か知らまし(春歌上・一四)大江千里の歌で、鴬の声がしなければ春の到来をどうやって知ることができるのだとまで詠んでいます。
一方で「梅」の花の歌は、梅の花の香りが愛でられることになります。『万葉集』の梅の歌では見られなかった表現です。

春の夜の闇はあやなし梅の花色こそ見えね香やはかくるる(春歌上・四一)

梅の花は色よりも香りが尊重され、このように闇夜の梅が香(うめがか)を詠じた歌が生まれてきます。これは古今の美学を代表するものとなりました。
したがって、万葉人が開拓した「うめ」と「鴬」との類型は、『古今集』にも受け継がれましたが、古今では梅の香りと鴬を組み合わせたものが登場します。折りつれば袖こそ匂へ梅の花ありとやここに鴬の鳴く(春歌上・三二)梅の花を手折ったのでその香りが袖に移って薫っている、その袖を鴬が梅の花かと思って鳴くよというものです。梅が香は袖の移り香となり、それと鴬が組み合わされて王朝らしい風流な歌となっています。そして『古今集』の「梅」と「鴬」の取り合わせの歌では、どうやら「梅」よりも「鴬」の方が主になっているようです。この他に『古今集』には少し特殊になりますが、梅の花を鴬の花笠に見立てた古今ならではの歌があります。そこでは明らかに「鴬」が主役となっています。『古今集』においては梅の花よりも、在来の季節感を表す鴬の方が前面に浮上してきたのです。これは一種の文芸復興だと言えるでしょう。
 
おわりに
 
このように『万葉集』の後期に開拓された「梅」と「鴬」の取り合わせは、『古今集』に継承されて定着しました。その結果、この後「梅と鴬」は、王朝らしいの美的類型と見做されるようになったのです。現代の私たちが「梅」といえば「鴬」を連想するのは、このような和歌の伝統から生まれたものなのです。
鴬は梅の花の初だよりよりも後にやってきます。さて、今年の鴬の初だよりはいつ届くでしょうか。満開の梅の花と戯れる鴬に出会えるように晴れた春の日、どこかの梅林に梅見に参りましょう。それとも庭の梅の木に鴬がやって来るのを待ちましょうか。

本学の梅も咲き始めました。(2004年2月20日撮影)

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