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人間生活学科

2017.11.01

100周年をむかえた民生委員|杉山博昭|社会福祉学研究室

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人間生活学科

学科ダイアリー

 民生委員というものをご存知でしょうか。

 民生委員法という法律に基づいて委嘱されている人たちです。児童福祉法による、児童委員を兼任することになっています。そのため、2つを合わせて、民生児童委員という言い方をすることがあります。

 民生委員は、住民のなかから選ばれ、担当地域のさまざまな福祉の課題に取り組みます。無報酬で働くボランティアですが、仕事の中身は、児童、高齢者、生活困窮者など幅広いものです。

 民生委員制度は今年(2017年)に100周年を迎えました。各地で記念行事が行われています。今年100周年ということは、1917年に始まったということです。

 民生委員制度は現在では、全国で共通した制度ですが、当初は地方独自の制度としてスタートしました。100年前に初めて制度を創設したのが、岡山県です。その時は、済世顧問制度と呼んでいました。

 済世顧問制度は、岡山県知事・笠井信一の尽力によって始まりました。大正天皇から、岡山県内の生活困窮者について、質問されたことがきっかけだと伝えられています。しかし、偶然の産物ではなく、岡山では、岡山孤児院、岡山博愛会など、以前から先駆的な福祉活動がなされていたことと無関係ではないでしょう。

 翌1918年に大阪府で方面委員制度という名で、類似の制度が生まれます。その後、全国に広がっていきました。さまざまな名称が用いられましたが、最終的には方面委員という名で統一されることになります。戦後になって民生委員に改称されました。

 当時の委員の働きを見ますと、生活困窮者を献身的に支えた様子がわかります。困窮者のなかには、戸籍さえ無い人もいましたが、ていねいに対応していきました。

 日本の福祉の発展は、岡山孤児院をつくった石井十次のような人の働きだけでなく、こうした地域での無名のひとたちの活動の寄与が大きかったことを忘れてはなりません。すぐれた地域福祉のシステムとして、今後、ますます重要になります。

 これからの福祉の発展には、引き続き民生委員の方々に尽力していただきたいですが、民生委員にまかせきりなってはなりません。私たち一人ひとりが、どう貢献できるかを考えていくことが大切でしょう。

民生委員制度を創設した笠井の銅像が、現在、岡山城の近くに置かれています。すっかり様変わりした日本の福祉を、どう思っているのでしょうか。

民生委員制度の創設者・笠井信一像

民生委員制度の創設者・笠井信一像

民生委員制度の創設者・笠井信一像

 福祉に限らず、どの地域でもその地域の歴史があって、今の生活が築かれています。杉山ゼミでは、地域の歴史を探るために、近隣の街を訪問しています。5月には、香川県丸亀に行きました。例年、春休みには宿泊旅行も行って、研究を深めています。

丸亀市 猪熊弦一郎現代美術館前にて

丸亀市 猪熊弦一郎現代美術館前にて

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