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日本語日本文学科

2019.04.18

学生の作品紹介|「桜木小冒険隊」(楠戸 友梨) 文学創作論・ 文集第16集『飴玉』(2018年度)より

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日本語日本文学科

本学科の授業科目「文学創作論」では、履修生が1年をかけて作り上げた作品をまとめて、文集を発行しています。今年の第16集『飴玉』に掲載の一作を、ここにご紹介します。

文集は、オープンキャンパスなどでご希望の方にお渡ししております。機会がありましたらぜひお手にとってみてください。

第16集文集『飴玉』(2018年度)表紙

第16集文集『飴玉』(2018年度)表紙

桜木小冒険隊
作・楠戸 友梨


「では夏休み明け、皆さんに会えるのを楽しみにしています」

校長先生がただでさえはげてる頭を、より一層輝かせて言った。七月の体育館はみんなの熱気で天然サウナみたいだ。なんでわざわざ体育館に集めて全体集会なんてするのかな。私は不満に思いながら、鼻の下にかいた汗を人差し指でぬぐった。夏休みなんて家族でどっかに旅行に行くわけでもないし、誰かと遊ぶ予定もない。これから来る小学五年生の夏休みがあっさり終わる気がして、少し憂鬱になった。

「じゃあこれで解散にします。一年生から順番に教室へ移動してください」

 教頭先生がそう言うと一年生は一斉に立って、キャーキャー騒ぎながら出口へと向かっている。はしゃぐ生徒たちをぼーっと見つめていると、私の背中を誰かがバシバシたたいた。まあ大体予想はつくけど。

「何?」

 振り返ると、隣のクラスの幼馴染、タケルが目を三日月にしてにやにやしていた。タケルがこの顔をする時は何か企んでいる証拠だ。

「さき、今日一緒に帰ろうぜ」

「なんで?」

「いいから。帰りの会が終わったら靴箱の前にいろよ」

 すると、私たちを見ていたタケルの友達が面白そうにはやしたてた。

「おい、おまえら仲いいな。つきあっちゃえよ」

「は? うるせーよ!」

 そう言ってタケルは友達とふざけてとっくみあいを始めた。私はため息を吐いて前へ向き直る。私はさっさと帰りたいけど、あとからタケルに文句を言われることを想像し、一緒に帰ることにした。

 帰りの会が終わると、私は教室を出て、隣のクラスをチェックした。タケルのクラスはまだ終わっていないようだ。とりあえず私は靴箱へ向かった。後から教室を出た同じクラスの男子たちが私を走って追い抜いていく。みんな顔を赤くして、ハアハア言いながら、それでも「はやくゲームしようぜ!」とか言ってる。
暑いのによくやるよ。そう思いながら私は走り抜けていく男子たちを横目に見た。

 靴箱につくと、私は白い運動靴に履き替えて、さっきまで履いてた上履きを袋の中に入れた。すると、私を呼ぶタケルの声が聞こえた。

「おい、早く帰るぞ!」

 待たせたのはそっちでしょ。そう思ってタケルの方を向くと、横には私と同じクラスの佐々木やまとくんがいた。四月に転校してきて、あんまりクラスになじめてない子だ。タケルの腕は横の佐々木くんの首に巻かれている。私はタケルへの不満顔をしていたもんだから、ちょっと慌てた。

「おい、さき、そんな顔すんなよ。おまえも知ってるだろ? やまとのこと」

 タケルのせいでしょって言いたいのを抑えて、すぐに佐々木くんの顔に視線を移した。けれど佐々木くんはちょっと顔を赤くしてうつむいてるだけだった。何となく気まずい雰囲気が流れる。

「あれ、おまえら話したことないの?」

 タケルのまぬけそうな声。

「うん......。あんまりないよね......?」

 私は無理やり笑顔を作って佐々木くんの方を見た。

「そうだね」

 佐々木くんはちょっと恥ずかしそうに笑った。クラスでも発表の時以外声なんか聞いたことないし、いつもうつむいてるから顔もちゃんと見たことなかった。こんなに優しそうな顔するんだ。

「まじかよ。じゃあやまと、こいつはさきって呼べよ。幼稚園の頃から仲いいんだ」

「うん。わかった」

 佐々木くんはタケルの方を向くとこくっとうなずいた。まだその顔は赤い。

「んで、さき。こいつはやまと。おれら昨日一緒に帰って仲良くなったんだ。こいつ、引っ越してきたばかりだろ? だから夏休みはおれら三人でこの街を冒険しようぜ!」

 タケルはふふんと鼻を鳴らした。

「ちょっと待って、冒険ってどういうこと?」

 私は思わず大きな声をだす。それと同時に佐々木くんの方を見ると佐々木くんはちょっと嬉しそうに目を輝かせている。私はその顔を見ると、何だかこれ以上言えなくなってしまった。

「冒険は冒険だよ! それでさ、おれグループの名前考えてきたんだ」

 タケルは私の質問に自信満々に返すと、「では、発表します」とテレビの司会がマイクを持つようにしてすーっと息を吸い込んだ。私と佐々木くんは自然とタケルに注目する。

「名前は、桜木小冒険隊です!」

 タケルは満足げに、にかっと笑った。桜木小は私たちの小学校の名前だ。

「え、意外。タケルのことだからナントカレンジャーとかかと思った」

「そんなん子どもっぽいじゃねえか。ほら、桜木っていい名前だろ?」

 タケルはちょっと得意気だ。するとタケルはすぐに佐々木くんの方を見て、「やまとはどう思う?」と聞いた。

「うん、いいと思う」

 佐々木くんはそう言ってまた嬉しそうに笑った。

「よし! じゃあ決まりな! 早速明日から始めようぜ! とりあえず帰りながら話そう」

 こくっとうなずいた佐々木くんを連れてタケルは正門へと向かった。何をするかはわからないけど、とりあえず佐々木くんが喜んでくれたみたいでよかった。私はそう思いながら二人の後ろをついて行った。


 次の日の昼一時、私は約束通り桜木公園のジャングルジムに向かった。わざわざこんな暑い時間に集まりたくなかったけれど、タケルが朝早くは起きれないと言うから、しょうがなくこの時間にした。冒険ってのもどうかと思うけど、佐々木くんが嬉しそうだったからしょうがないと思うことにした。

 私が公園に着くと、佐々木くんはすでにジャングルジムの下に立っていた。辺りを見回してもタケルは見つからない。私はとりあえず佐々木くんのそばに行った。

「佐々木くん、待った?」

 すると佐々木くんはちょっと笑って頭を左右に振った。佐々木くんはよく見てみると、色白で目がクリっとしてて子役になれそうなくらいかわいい顔をしている。身長は私と同じぐらいで、男の子って感じがしない。すると、佐々木くんが少しうつむいておずおずと口を開いた。

「あの、さきちゃん......? ごめんね。わざわざぼくのために......」

 男の子にしては結構声が高いなと思った。

「ううん、全然」

 とりあえず答えたが会話が思いつかない。どうしようと思っていると佐々木くんは私の方へ向いて言った。

「ぼく、いつも転校してばかりだから、あの、本当にうれしいよ」

 私は本当に嬉しそうに言う佐々木くんを見ると、胸がきゅっとなった。きっと寂しい思いをしていたんだろうと思うと、クラスでも声をかけてあげたらよかったなと少し後悔した。すると、「おーい!」というタケルの声が聞こえた。

「タケル! 遅いよ! 見て、五分遅刻」

 私が公園の時計を指さすと、「ごめんごめん」と手のひらを合わせた。

「じゃあさっそくだけど冒険隊の話しようぜ」

 タケルがそう言うと、ズボンのポッケからしわしわになったチラシを引っ張り出した。タケルはそれを裏返して、私と佐々木くんに見せた。裏面にはクレヨンで桜木町の地図が書かれている。

「今日は、公園の横にある神社に行こう」

 タケルは地図の神社を指さして言った。

「なんで神社なの?」

「さき、おまえよく遊んだだろ? あそこで」

「ああうん。そうだね」

「そこで、最近猫が出るんだってさ。しかもでっかい猫が。おれはその猫が神様だと思うんだ」

「はあ?」

「おまえ、ばかにするなよ。相手は神様だぞ」

 私はタケルをばかにしたんだけどと言いそうになったが、何とか抑えた。

「それでさ、今日一番に猫を見つけた奴を冒険隊の隊長にしようと思うんだ」

 すると佐々木くんは目を輝かせて「隊長?」と言った。

「そう。隊長だよ。な? いいだろ」

「うん」

 今までで一番佐々木くんの目が光ってる。私は少し嬉しくなった。

「よし! じゃあ桜木小冒険隊しゅっぱーつ!」

 タケルが思いっきり駆け出すと、私と佐々木くんもそのあとに続いた。

神社に着くと、私たちはセミの鳴き声に包まれた。神社は山の斜面に建っていて、鳥居をくぐると石段がある。その階段の両脇から神社の本殿の周りにかけてずっと桜の木が生えている。その木にセミがいっぱいくっついていると思うと少しゾッとした。タケルはそんなことお構いなしに石段を登っていく。

「ここさ、春になるとすっげえピンク色になるんだぜ。桜が咲いたらまたみんなで来ような。な、やまと?」

「うん。見たい!」

 佐々木くんが少し元気になってきた気がする。セミは気持ち悪いけど、ここの桜が私も大好きだから佐々木くんに見てもらいたいと思った。

 石段を登り切って本殿についた。木のおかげで日陰にはなっているけど、汗がとまらない。Tシャツが肌にくっついてきて気持ちが悪い。みんなハアハア言っている。するとタケルが言った。

「よし、ではこれから猫探しを始める! 見つけたらすぐ言うように」

 タケルはまるで隊長のように敬礼をしている。佐々木くんは「はい!」とタケルの真似をして敬礼すると本殿の裏の方に走って行った。私も一応階段の方を探すことにした。こんな暑いのに何してるんだろって思ったけど、これはこれで悪くないかもしれない。

一時間後、私たちはまだ猫を見つけられていなかった。

「ねえ、タケル。どうする? 全然見つからないけど」

「ええ、どうするって......。おーい、やまと! どうするー?」

 タケルは少し離れた木の下にいる佐々木くんに聞いた。佐々木くんはバッと顔を向けて言った。

「ぼく、まだ探したい!」

「そっかあ。でも見つからないしなあ」

 タケルは頭をポリポリかいている。タケルはちょっと飽きているのかもしれない。それでも、佐々木くんがあんなに探したいって言うんだから、一緒に探したい。

「わかった。じゃあ探そう!」

「うん!」

 私と佐々木くんは本殿の近くを探し始めた。タケルは「もう今日は見つからないよ」と言って一人でありの巣を掘って遊んでいる。そんなタケルをほっといて佐々木くんと探していると、「あれ」という声が聞こえた。

「ねえ、さきちゃん。これみて」

 佐々木くんが言う方を見ると、ランドセルぐらいの大きさの招き猫が置いてあった。佐々木くんが続ける。

「ねえ。これってまさか」

 私は思わず吹き出した。佐々木くんもふふっと笑いをこらえている。

「ん? どうした?」

 タケルが私たちの方に近寄って来る。

「タケル、まさか、でっかい猫ってこのこと?」

 私はこらえられなくなって大声で笑ってしまった。タケルも招き猫を見ると「なんだよ!」と言って一緒に笑いだした。それを見ていた佐々木くんは私たちを交互に見ると、負けないぐらいの声で大笑いした。

「タケル! しっかりしてよ! 猫と招き猫を聞き間違えたんじゃないの?」

「おれはちゃんと聞いたつもりだったんだよ! まあとりあえず、今日は見つかったし帰るか」

「そうだね」

 そう言って私たち三人が階段の方を向いた時だった。銀色の毛をした、ランドセルよりも少し大きくてスラッとした猫が私たちを見ていた。その猫のきれいな青色の目にすーっと引き込まれていくのがわかった。その瞬間セミの音は消えて、猫が首につけている鈴のチリンチリンという音だけが響いた。私はその猫から目を離すこともできなくなった。どれだけ見ていたかわからないけど、猫はすっと動いたと思うと階段を下りて行った。それと同時にセミの音がまた聞こえ始める。

「い、いまの......」

 タケルの声は震えている。

「うん、いまの、噂の猫じゃない?」

 私の声も震えた。すると佐々木くんが階段の方へ走った。私とタケルも少し遅れてついていく。三人で階段を見下ろしたけど、そこには何もいなかった。

「いない......」

 佐々木くんは息を切らせながらポツリと言った。

「なあ、でもさ、うわさは本当だったってことだよな」

「そうだね......」

 佐々木くんがうなずく。

「すげえ! 冒険隊って感じだな!」

 佐々木くんは「うんうん」って興奮しているように頭を上下に振った。

「よーし、明日からも頑張ろうぜ! それでさ、隊長のことだけど、一番最初に招き猫を見つけたやまとが隊長ってのはどうよ?」

「え、でも」

「いいんだよ! 招き猫を見つけたからあの猫が出てきたのかもしれないだろ!」

 タケルはそう言って佐々木くんの肩をポンとたたいた。

「ほんとに? いいの?」

 佐々木くんは私を見て不安気に聞いてくる。

「もちろん!」

 私が言うと佐々木くんの顔はぱあっと明るくなった。

「よし、じゃあやまと隊長! 明日は何時に集合する?」

 タケルはにかにかしてひじで佐々木くんをこづいた。

「明日は、九時!」

 佐々木くんは口角をキュッと上げて答える。

「ええ、朝はえーじゃんかよ」

「タケル、隊長が言ってるんだよ」

「ったく、しょうがねえな。わかったよ!」

 タケルは口をとがらしてそっぽを向いた。私と佐々木くんは顔を見合わせて笑った。夏休みはまだまだある。そう思うとすごく楽しみになった。

 夏休みはほとんど毎日冒険隊で集まった。カラスがたくさん集まるツタが絡まった家、お経が聞こえる河川敷、いろいろ行った。大きい蛇がいる畑に行ったときは、蛇は見つけられなかったけど、畑の世話をしているおじいちゃんにスイカをもらって三人で食べたりもした。特別甘かったわけじゃないけど、たぶん今までで食べた中で一番おいしかった気がする。

けれど、夏休みは明日で最後。今日は明日のための冒険会議だ。私は寂しく思いながらもいつものように、公園のジャングルジムに向かった。

 公園に着くと、佐々木くんとタケルはこそこそと何か話していた。いつもとは少し違う雰囲気だ。

「何かあった?」

 私が二人に聞くと、「ううん」と佐々木くんがすぐに首を横に振った。タケルも「いや」と答えるといつもの調子でにかにかして言った。

「さあ、今日はでっかいの持って来たぜ!」

 そしてタケルは最初の冒険よりもさらにボロボロになった地図を出して今私たちがいる公園を指さした。

「明日の冒険はこの公園だ」

 そう言ったタケルの目が三日月になっている。これは何か企んでるな、と思った。

「ここの公園に何があるの?」

 佐々木くんは少し意外そうに聞いた。

「一昨日、近所の友達が言ってたんだ。実はこの公園、夜になると怪しいおじいさんが呪いの儀式をしてるみたいなんだ。変な動きをしてて、誰か見ているのがわかったら走って追いかけてくるんだよ。......まてーってさ!」

 思わずタケルの最後の言葉に体がビクッとなった。佐々木くんも少し顔が曇ってる。

「急におどかさないでよ!」

 タケルは私を見てケタケタ笑っている。すると佐々木くんが少し真剣そうに言った。

「ねえ、大丈夫かな? 危なくないかな?」

「どうした? やまと。びびっちゃたのか?」

「ううん、そうじゃないけど......。何かあったらと思って......。さきちゃんもいるし」

「え? 私? 私は大丈夫だよ! それに明日で最後だよ? ハラハラしたいじゃん」

「でも......」

「やまと、大丈夫だって! 周りに家もあるし、何かあれば助けてくれるよ」

 タケルは親指をたててにかっと笑った。

「わかった......」

「じゃあ隊長、明日は夜の九時に集合でいいか?」

「うん」

 佐々木くんの顔は沈んでる。

「じゃあその時間で! おまえら、絶対母ちゃんたちにばれるんじゃねえぞ!」

 私たちは約束をしてそれぞれ家に帰った。お母さんたちに秘密で夜遊びにいく。それがなんだか大人みたいでドキドキした。でも、明日が夏休み最後。段々と日が暮れるのも早くなって、家の前の通りを歩くころにはオレンジ色の夕暮れが見えた。

「終わらなきゃいいのに」

 そうつぶやいても太陽はじんわりと空に溶けながら、ゆっくりと沈んでいく。

 次の日の夜、お母さんたちには早く寝ると言って一階の自分の部屋に行った。そこで服を着替えて窓からそっと家を出た。こんな夜に一人で家を出るなんて初めてかもしれない。今日一日ずっとソワソワしてお母さんにばれないか心配だったけど、うまくいったみたいだった。

 周りを気にしながら走って公園に行くと、佐々木くんとタケルがその入口から中を覗き込んでいた。

「どうしたの?」

「あ、さき、来い」

 タケルは小声で手招きした。

「見ろ、いるぞ」

 私も中をのぞくとジャングルジムの横で動く黒い影が見えた。その影はゆっくり、ゆらゆら動いている。

「あれがうわさのおじいさん?」

 タケルはこくこくうなずいた。

「間違いない。あいつ、人を呪うなんて許せねえ。そばに行こうぜ」

 すると佐々木くんは手でタケルを遮った。

「危ないよ。ここにいよう」

「ばか! びびったのか。ここで行くのが冒険隊だろ?」

 タケルはそう言うと、佐々木くんの手をはたいて黒い影の方へ走って行った。

「ばか! タケル!」

 私がタケルの後を追いかけると佐々木くんもそのあとを追ってきた。タケルはバタバタと足音を鳴らすと黒い影に向かって大声で言った。

「やい! じいさん! 人を呪うのはやめろ!」

 黒い影はぴたっと動くのをやめてタケルの方をゆっくり振り向いた。そして影はタケルの方へ向かって来るのがわかった。ようやくタケルに追いついた私はタケルの手を引っ張る。

「タケル! もういいから帰ろう!」

 タケルの手が震えているのがわかった。黒い影が段々と人の形に見えてくる。そうなると私の体も震えだして、私とタケルはその人から目が離せなくなってしまった。その間にもゆっくり人が近づいてくる。すると段々と顔が見えてきた。その人は噂通り、しわくちゃで、目が落ちくぼんだおじいさんだった。もうだめだ。そう思った時だった。

ビーー!

 空気を切り裂くように何かが鳴った。反射的に体がビクッとする。

「だれかー! だれか助けてください!」

 佐々木くんの声だ。佐々木くんの方を向くとその手には防犯ブザーを持っていた。するとそのおじいさんは慌てて「違うよー!」と手を振りながら駆け寄って来た。とても慌ててるみたいだ。それでも防犯ブザーは鳴り続ける。すると近くの家からおじさんがすごい勢いで走って来た。

「どうしたー!」

「いえ、違うんですよ!」

 そう言っておじいさんは私たちにわけを話し始めた。

 よくよく聞いてみると、おじいさんは最近夜、この公園で太極拳の練習をしている人だった。夜の方が涼しいし、静かで落ち着くからという理由だった。私たちはお母さんたちに連絡され、三人で待っていた。するとそれまでずっと黙っていたタケルがぼそっと言った。

「やまと、おまえなんで助けなんて呼んだんだよ」

 それを聞いた佐々木くんは申し訳なさそうにしながらも黙った。タケルはまだ続ける。

「おれはおまえとの最後の冒険だったから......」

 タケルの声は今にも泣きそうだった。

「どうしたの、タケル。また学校が始まっても冒険隊はできるじゃん」

 私がそう言うと、タケルは佐々木くんの方をちらっと見て小さく口を開いた。

「......こいつ。ひっこすんだぜ?」

 その言葉は私が予想もしなかったものだった。

「え、ひっこすってどういうこと......?」

 佐々木くんの方を振り向くと、佐々木くんはこっちを見ずに言った。

「お父さんとお母さん、別れて暮らすからって......」

 知らなかった。なんで言ってくれなかったの。そんな気持ちが頭の中でいっぱいになって、私は何も言えなくなった。そしてそのまま誰も口を開こうとはしなかった。

しばらくして、みんなのお母さんが来てこっぴどく叱られた後、私たちはそれぞれ連れて帰られた。その時に初めて見た佐々木くんのお母さんはすごく優しそうな人だったけど、でもすごく悲しそうな顔をしていた。それを申し訳なさそうに佐々木くんは見ていた。

私は家に帰ると、枕に顔をうずめた。仲良くなれたと思ってたのは私だけだったんだ。もう佐々木くんに会えなくなる。いろんな気持ちがあふれて涙が止まらなくなった。一晩中、私は戻ることはない夏休みの日々を思い出した。

 次の日の朝、学校に行くと、佐々木くんが席についていた。私は何も言えないまま佐々木くんの横を通り過ぎた。

 そして朝の会が始まると、担任の先生が残念そうに話し始めた。

「実はな、佐々木くんが、急だが一週間後、引っ越すことになったそうだ」

 佐々木くんはうつむいている。

「ご家庭の事情だそうだ。急だけどみんな一緒に思い出を作ろうな」

 先生が言うと、周りのみんなは「えー」と残念そうに声を上げる。今まで佐々木くんのこと気にもしなかったくせによく言うよ。

朝の会が終わると、クラスのみんなは佐々木くんの周りに集まって遊びの誘いをしているようだった。その人だかりの隙間から佐々木くんが私の方を見ていた気がしたけど、どうしても佐々木くんの方を見ることが出来なかった。

その後、私と佐々木くんは何も話せないまま、佐々木くんが引っ込す前日を迎えた。昼休み、私が廊下を歩いているとタケルが後ろから駆け寄って来た。

「おい、さき。おまえ、やまとと話したか?」

「いや、まだ......」

「おれはちゃんと話せたぞ。やまと、おまえに申し訳ないって言ってた。じゃ」

 タケルはそう言って自分のクラスに戻って行った。もうどうしたらいいかわからない。私はタケルの背中を見つめる事しかできなかった。

帰りの会で担任の先生が言った。

「明日はとうとう佐々木くんが学校に来る最後の日だ。みんな、最後まで楽しい思い出を作ろうな」

 帰りの会が終わると、佐々木くんはクラスの子に囲まれていて近づけそうにない。私は帰るしかないと思って教室を出た。

 私は帰り道の途中、最初に冒険隊が集まった公園に寄ってみた。「本当にうれしい」と言った佐々木くんの顔、「誰か助けてください」って言っていた時の顔。全部が浮かび上がってきてポタっと涙が出た。下を向くと、公園の土の地面が丸い形に濃い色になっていく。

 私は、ふと神社の猫を思い出した。あの最初の不思議な冒険。私は走って神社に行き、石段を上った。足がずしっと重くなる。それでもあの猫に会いたかった。セミの音はかなり小さくなっていて、佐々木くんと上った時を思い出すとまた涙がでてくる。

 私はぼやける視界を我慢して石段を登りきった。本殿に向かうと招き猫はまだそこにあった。私は招き猫の前にしゃがんで手を合わせる。

「お願い、猫さん、佐々木くんに会わせて。お願いします。まだ言いたいことがあるんです」

 そうつぶやいた時だった。

「さきちゃん!」

 佐々木くんの優しい声だった。私が声のした方を振り向くと、佐々木くんはちょうど今石段を上り切ったように、肩でハアハア息をしている。

「佐々木くん......」

「さきちゃん、どうしたの? 走って神社に行くのが見えたんだ。大丈夫?」

 佐々木くんは私のそばに近寄って来た。顔が少し赤くなっているのがわかる。

「佐々木くん、ごめんね。ずっと無視してて......」

「ううん。ぼくこそごめん。......ぼく、最後の冒険会議の日に引っ越すことを知ったんだ。ぼくのお父さん、すごく厳しい人で、転勤も多かったから、お母さんいつも我慢してた。だから、お母さんたち離婚するんだって。こんな話、さきちゃんは気を遣うんじゃないかと思ってなかなか言えなかったんだ」

「そうだったんだ......。私、佐々木くんの気持ち全然考えられてなかった。ごめん......」

「ぼく、みんなと冒険して本当に楽しかった。本当にありがとう」

 そう言った佐々木くんの目からポタポタ涙が落ちている。

「......ねえ。佐々木くん。いつか絶対に冒険隊で桜見ようね!」

 佐々木くんはキョトっとするとすぐに満面の笑みで言った。

「うん! 絶対ね!」

 私たちが階段を下りて鳥居をくぐる寸前にあのチリンという鈴の音が聞こえた気がした。

「ねえ。佐々木くん。今鈴の音が......」

「うん。ぼくも聞こえた」

 私と佐々木くんは顔を見合わせると佐々木くんが微笑んで言った。

「きっとあの猫のおかげだね」

「そうだね!」

 私たちは猫にお礼を言って鳥居をくぐった。私たちが背中を向けると、あの猫が鳥居の中から見守ってくれている気がした。

 私と佐々木くんは中学二年生の今でもずっと手紙のやり取りをしている。そして四月一日、今日は冒険隊が久しぶりに集まる日だ。約束は十三時。場所は最初の冒険で行った神社だ。何でこの時間かって言うと、タケルのサッカー部の練習が昼まであるから。

 私は何だか落ち着かなくて約束の十五分前に神社についてしまった。ピンク色の木々に囲まれてゆっくりと石段を登る。

 本殿の前に行くと、招き猫は変わらずそこにあった。目を閉じると、あの時の記憶が鮮明に浮かぶ。すると、後ろから声がした。

「さきちゃん?」

 三年前より声が低いけど、優しい声は変わらなかった。私はドキドキする胸を押さえ、振り向いて言った。

「ひさしぶり! やまとくん」

 かすかにチリンチリンと鈴の音が聞こえた。


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