カトリック教会の祝日は、全教会において祝われるものと一定の修道会や場所においてのみ行われるものがあります。
教皇ピオ十二世(在位1939~1958)は、1950年11月1日全世界に向かって、マリアの被昇天を教義として公布しました。日付の8月15日については、皇帝マウリチウス(602年没)によって確定されますが、この当時は「神の母マリアの日」として祝われたようです。7世紀には、「聖マリアの(天国への)御誕生日(Natale sanctae Mariae)」とこの祝日が言われています。12世紀以降マリアの被昇天は、全教会の普遍的な信仰となりますが、全教会の祝日と宣言されるまでには長い年月が必要でした。


当日のミサの集会祈願は、次のように祈ります。

「全能永遠の神よ、あなたは、御ひとり子の母、汚れのないおとめマリアを、からだも魂も、ともに天の栄光に上げられました。信じる民がいつも天の国を求め、聖母とともに永遠の喜びに入ることができますように」


興味深いことは、日本語「被昇天」はピオ12世の表現を正当に表現するものでないとの指摘があることです。エバンヘリスタ著「マリア論入門」において、ピオ12世は、「assumpta」を使用するが「受け取られた」という意味しかないと指摘しています。さらに、同じ表現は詩編73.24に見られ「あなたは・・・・・私を栄光に受け入れるだろう」(共同訳:取られるであろう、フランシスコ会訳:引き取られる)と日本語に翻訳されることも述べています。

聖母の被昇天の祝日は、聖母マリアが天の栄光に迎え入れられたように、信じるすべての人々が聖母とともに天の栄光に受け入れられるという希望を新たにする祝日でしょう。



「ルーベンス 被昇天のマリア」
ベルギー アントウェルペン 聖母マリア大聖堂


学長・キリスト教文化研究所教授 原田豊己神父

原田豊己
キリスト教文化研究所

2017年7月19日(水)、キリスト教文化研究所において、当研究所主催の第2回キリスト教文化研究会を開催しました。人間生活学部の平松正臣教授が講師をつとめ、「市民アドボカシーはノーマライゼーションの具現化~主イエスの歩みこそアドボカシー~」というテーマで行われました。

「アドボカシー」という言葉は、普段の生活ではあまり聞き慣れません。キリスト教文化研究所に掲示してあるポスターを見た学生からも、「アドボカシーって何ですか?」と、よく尋ねられました。さすがに人間生活学科の3年生ともなると、ちゃんと知っていて、説明をしてくださいました。


平松教授の専門は社会福祉論です。社会福祉施設やボランティアセンターでの実践を活かし、県内外の大学で研究を重ね、今年度より本学人間生活学科の専任教員として「ボランティア実践」、「福祉行財政と福祉計画」などの科目を担当しています。※平松教授についてはこちらをご覧下さい。


それでは研究会の概要を簡単にご紹介します。

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アドボカシーとは「代弁」「権利擁護」などと邦訳されます。つまり「自分の権利やニーズを自ら主張するのが困難な人に代わってそれを主張し、それらの人々を代弁したり、弁護したりする活動」のことを指します。社会的に弱い立場の人たちが権利を最大限に行使できるよう弁護・支持・擁護し、彼らの利益を優先的に考えることから生じる行為です。

市民アドボカシーが、技術的・概念的に明確にされたのは、1966年、米国ペンシルバニアで開かれた脳性麻痺児の親の全国会議で、「親がなくなった後、障害をもつ者の利益を誰が守るか」という問題が議論された席においてでした。しかし、わが国においては、市民ボランティアによるアドボカシー活動という考え方はあまり知られていません。

市民アドボカシーは、パートナー(アドボケイトの支援を受ける者)に寄り添い、一対一の関係を築きます。パートナーが受けている社会サービスや家族から独立したかたちでおこなわれ、アドボケイトの忠誠はパートナーに対してなされます。報酬や見返りを期待することなく、社会的に弱い立場にある人を我がことのように思いやり、長期的にかかわり、友人のような深い信頼関係を築き、さらにはその動きが社会全体に広がることを目指しています。


平松教授による研究会の様子


主イエスの歩みこそアドボカシー
私たちがまだ罪人であったとき、キリストが私たちのために命を投げ出し、その死によって、私たちの罪は許されました。忘れてならないのは、イエス・キリストの十字架の身代わりの死です。イエス・キリストは、世界中のすべての人々の罪のために十字架上で身代わりとなって死んでくださった救い主なのです。

  「人がその友のために自分の命を捨てること、これより大きな愛はない。あなたがたにわたしが命じることを行うならば、あなたがた  はわたしの友である。わたしはもう、あなたがたを僕とは呼ばない。僕は主人のしていることを知らないからである。わたしはあなた  がたをわたしの友と呼んだ。わたしの父から聞いたことを皆あなたがたに知らせたからである」(ヨハネ15章13-15節)

他者の苦悩を己の苦悩とし、パートナーにとって最も有利となるようにニーズをかなえ、彼らの権利を守る。そんな市民アドボカシーの姿は、イエス・キリストが苦しむ人々に寄り添った姿と重なります。ヨハネによる福音書に「友のために自分の命を捨てること、これ以上に大きな愛はない。」とあるように(15章13節)、他者に対する限りない愛の実践をしていく存在として、市民アドボカシー活動が社会全体に広がることを願い、種を蒔き続けています。


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平松教授の提言に対して、参加者の方、それぞれの専門的見地から、活発な質疑応答がありました。
法学、教育学、社会教育学、日本語学、倫理学、福祉業務従事者の方などからのご意見は、平松教授にとっては、いずれも今後の研究への示唆となる愛に満ちたアドバイスだったようです。

キリスト教精神を教育理念とする本学だからこそ、市民アドボカシーを育成できる土壌があるのかもしれません。平松教授の今後の研究に注目です。

                           キリスト教文化研究所



2017年7月5日(水)18時~18時30分、キリスト教文化研究所主催「キ文研デー」を開催しました。場所は100NDでした。

キ文研デーとは、プログラムを通して、学生と教職員が知り合い、語り合う催しです。
テーマ「思いを一つにして歩む」のもと、聖書朗読と分かち合い、祈り、聖歌等を通じて平和について考え、学生、教職員約70名が、祈りました。

集いは、聖歌「暗やみに光」をグリークラブとともに歌うことから始まりました。

続いて、「平和を願う祈り」を全員で心を一つにして祈り、同じく聖歌「平和を願う祈り」をピアノ伴奏にあわせて歌いました。

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平和を願う祈り

神よ、わたしをあなたの平和の道具にしてください。
憎しみのあるところに、愛を
いさかいのあるところに、ゆるしを
分裂のあるところに、一致を
迷いのあるところに、信仰を
誤りのあるところに、真理を
絶望のあるところに、希望を
悲しみのあるところに、喜びを
闇のあるところに、光をもたらすことができますように。
神よ、わたしに、慰められるよりも慰めることを
理解されるよりも、理解することを
愛されるよりも、愛することを望ませてください。
自分を捨てて初めて自分を見いだし、ゆるしてこそゆるされ、
死ぬことによってのみ、永遠のいのちによみがえることを
深く悟らせてください。
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共同祈願では、教員と学生が次のように祈りました。
「わたくしたちが出会う多くのできごとについて、思いの異なる人々と対話できる大切さを思います。
主よ、互いの思いを重ねられない時も、その対話を続けていける勇気と力をわたくしたちが持ち続けられますように。」
「主よ、差別や偏見に目を曇らせがちなわたくしたちを憐れんでください。
わたくしたちをあなたの知恵に従わせ、虐げられる人の痛みを見られる目を通して、平和を実現する力をお与えくださいますように。」


本学学長・原田豊己神父は
「平和を実現する人々は、幸いである、その人たちは神の子と呼ばれる」(マタイ5章9節)
と聖書を朗読し、「平和の大切さ、平和を実現する力を心に留めてください」と呼びかけました。また現在の世界情勢を踏まえ、「今だからこそ、私たちのような小さな力でも平和の道具となることができるように祈りたい」と語りました。

最後に、聖歌「わたしをお使いください」を全員で歌い、閉会しました。

みんなで聖歌を歌っている場面
午前中の集中豪雨の影響で、急遽、学生スタッフの変更などがありましたが、カトリック研究会、グリークラブ、手話クラブの学生たちの協力、企画運営にあたった西井麻美教授・青山新吾准教授の尽力により、無事開催することができました。

キ文研デーに初めて参加した学生は「「平和を考える」というと、講演や集会などの平和運動を想像しがち。神聖な雰囲気の中で、聖書を読んだり、聖歌を歌ったりして、平和について考えられるのだと知った。」、「先生方と「思いを一つにした」という実感があった。参加してよかった。」と話しています。

日々のあわただしさから離れた静かな空間で、「平和」について考え、学生と教職員がそれぞれの立場を活かしつつ、「平和」への思いを共有することができました。


キリスト教文化研究所

日本の建築史に名を残すアントニン・レーモンドは、1919年旧帝国ホテルを設計したフランク・ロイド・ライトの助手として来日します。2年後には設計事務所を開設し、戦前戦後を通じて多くの建物を設計しました。戦前の代表的なものに1929年竣工のノートルダム清心女子大学本館(岡山市・有形登録文化財)があります。

1945年6月29日未明、岡山市街地はアメリカ空軍による大規模な空襲を受け、死傷者は8000名に及ぶと伝えられています。大学本館は焼失を免れましたが、正面をレンガ造り、木造の作りの上を漆喰で固めたロマネスク様式の建坪120坪を誇る1899年献堂の岡山教会聖堂は、焼失しました。

第2次世界大戦中アメリカにいたレーモンドは、アメリカ軍カーチス・ルメイ司令官の意向で焼夷弾の効果の実験のため、ユタ州の砂漠に日本の木造家屋の街並みを再現します。いわゆる、JAPANESE VILLEGEと呼ばれるものです。この実験は東京大空襲をはじめとする日本の戦略爆撃に生かされてゆきます。

また、ルメイは広島長崎の原爆投下の責任者として名を残します。一方、日本を愛し、自分の設計した建物がある都市を破壊することに協力することになったレーモンドは、戦後来日し南山大学、新発田教会、上智大学などの設計を行ってゆきます。

教会が偉大な使徒たちに思いをはせる日、大学は時代にほんろうされた一人の建築家に思いをはせる日でもあります。

学長・キリスト教文化研究所教授 原田豊己

※この記事は原田学長(広島司教区司祭)が『聖書と典礼』(オリエンス宗教研究所、 2014年6月)に寄稿した記事を転載しています。

キリスト教文化研究所
原田豊己
『聖書と典礼』(オリエンス宗教研究所)(外部サイト)

6月24日は洗礼者聖ヨハネの誕生を祝う祭日です。

カトリック教会で誕生日が祝祭日となっているのは、イエスと聖母マリア、そして洗礼者ヨハネの3人のみです。祝祭日のうちでも最も重要性の高いものを「祭日」といいますが、イエスと洗礼者ヨハネの誕生は、どちらも祭日です。イエスの誕生を祝うクリスマスは冬至祭と関わりがありますが、そのちょうど6か月前にあたるこの祭日は、聖ヨハネ祭と呼ばれ、夏至祭とも結びついて、キリスト教文化圏では盛大に祝われます。


『ルカによる福音書』1章には、イエスと洗礼者ヨハネの誕生の記事が並列的に描かれ、洗礼者ヨハネはイエスの先駆者として位置づけられています。天使ガブリエルは、祭司ザカリアに

「あなたの妻エリサベトは男の子を産む。その子をヨハネと名付けなさい。その子はあなたにとって喜びとなり、楽しみとなる。多くの人もその誕生を喜ぶ」(13・14節)

と告げます。この天使ガブリエルがちょうど6か月後にマリアに神の御子の受胎を告げます。そして身ごもったマリアは、親類のエリサベトを訪ねます。マリアの挨拶を聞いたエリサベトは聖霊に満たされて声高らかに言います。

「あなたは女の中で祝福された方です。胎内のお子さまも祝福されています。わたしの主のお母さまがわたしのところに来てくださるとは、どういうわけでしょう。あなたの挨拶のお声をわたしが耳にしたとき、胎内の子は喜んでおどりました。」(42-44節)

この神からの恵みによって身ごもった二人の妊婦とその胎児が対面する美しい場面から、イエス・キリストとの出会いの喜びを最初に体験したのが胎内の子であることに注目し、胎児のいのちの尊さを訴えたのは、マザー・テレサです。マザーは、三度来日しましたが、その訴えこそ、来日の最大の目的でした。



ところで、マザー・テレサ来日の折に、通訳も務め、マザーと親交のあったシスター渡辺和子名誉学長の修道名は、洗礼者聖ヨハネを意味するセント・ジョンでした。それゆえに、シスターの学長時代のプレジデンツデー(学長の修道名の聖人の祝祭日を学長祝日として祝う日)は、洗礼者聖ヨハネの祭日でした。


シスターは生前、「6月のカレンダーには祝日の休みがないでしょう。だから、私の学長時代にプレジデンツデーの祝日が6月24日で休みになるのが、大変喜ばれていたのよ」と懐かしそうに話されていたことが想い起されます。


シスターは昨年12月30日に89歳で帰天されましたが、自らの葬儀のために生前にシスター本人が用意しておく聖書の言葉があり、それは洗礼者ヨハネの次の言葉でした。


「彼は栄ゆべく、我は衰うべし」(『ヨハネによる福音書』3章30節)


この言葉は、イエスに洗礼を授けた洗礼者ヨハネの使命が何よりも救い主であるイエス・キリストを無私の心で指し示すものであったことを告げています。シスターがセント・ジョンの修道名をいただいて生きたほぼ60年におよぶ修道生活は、まさにこの洗礼者ヨハネの姿勢にならい、私たち一人ひとりをかけがえのない存在として「ご大切」にしてくださる神を、学生に接する自らの身をもって指し示すことを志した教育者としての人生であったことを想わずにはいられません。


今年から6月24日洗礼者聖ヨハネの誕生の祭日は、そうしたシスター・セント・ジョン渡辺和子名誉学長の姿を偲び、その志を改めて想う大切な日となりました。

 アンドレア・デル・サルト   聖家族と聖エリサベツと洗礼者ヨハネ

アンドレア・デル・サルト 「聖家族と聖エリサベツと洗礼者ヨハネ」


キリスト教文化研究所教授 山根道公



2017年10月28日(土)~29日(日)に行われる第54回大学祭では、シスター・セント・ジョン渡辺和子追悼展を企画しています。直筆原稿や映像を公開予定です。