皆さまは、どこかでフランシスコという名前を聞いたことがあるでしょう。

今、有名なのは、国際紛争や難民問題、環境問題など世界規模の難題の解決のために世界中を飛び回って奮闘しているフランシスコ教皇でしょう。

また、日本の歴史を学んだ人の中では、日本にキリスト教を伝えたフランシスコ・ザビエルの名を知らない人はいないでしょう。

こうしたフランシスコという名は、800年前の中世イタリアの聖人で、現代にあっても世界平和やエコロジーの守護聖人として世界中で愛されているアッシジの聖フランシスコ(1182~1226年)の名に由来しています。

10月4日は、その聖フランシスコの祝日です。


本学のシスター髙木孝子学長の修道名「フランセス」もアッシジの聖フランシスコに由来しています。その記念日10月4日は本学ではプレジデンツデーとして祝日となります。


フランシスコは、イタリアのアッシジの裕福な織物商の家に生まれます。自由奔放な青春時代を過ごすなかで、騎士になることを望み、戦場に赴きますが、病気にかかって、夢の中でイエスに出会います。イエスに従う決心をしたフランシスコは、持ち物を貧しい人びとに与え、自らは粗末な服をまとい、貧しい人々、病める人々に寄り添って生きる人生を選んでいきます。そして、生きとし生けるもの、在りとし在るものすべてを、天の父によって創られた兄弟姉妹と呼び、天の父の愛を伝えます。

フランシスコが小鳥や狼に話しかけて心が通じたという逸話なども有名で、フランシスコの生涯を描いた、ジオットの絵画などで知られています。

フランシスコの伝記も、14世紀イタリア宗教文学の華といわれる「聖フランシスコの小さき花」にはじまり、現代まで多くの本が出版されています。この7月にも、影絵の巨匠・藤城清治がイタリアに何度も足を運びながら21年の歳月をかけて完成させた『アッシジの聖フランシスコ』が刊行されました。


女子パウロ会より転載 http://shop-pauline.jp/?pid=99352183

この9月に聖人に列せられたマザー・テレサは少女の時、フランシスコの伝記を読んで、自分もそのように生きたいと願ったことが、修道女になって貧しい人に愛を伝える生き方を選んだ原点であったといわれます。

この記念日、聖フランシスコの絵本など手に取ってみてはどうでしょうか。

800年前から現代まで、多くの人の人生に影響を与え続けている聖フランシスコに出会い、本当のしあわせとは、真の平和とは...、大切な人生の問いに立ちどまって想いをめぐらす良いときとなることを願っています。

キリスト教文化研究所 山根道公


本学学生の皆様へ

キリスト教文化研究所図書室には、聖フランシスコに関する絵本を置いています。
気軽に読んでみてください。



キリスト教文化研究所

わたしは、あなたたちのために立てた計画をよく心に留めている、と主は言われる。それは平和の計画であって、災いの計画ではない。将来と希望を与えるものである。
(エレミヤ書29 章11 節)

旧約聖書は、歴史が神の計画によって方向づけられていると教えます。そのため、数々の歴史的出来事は人間の心に深く刻まれ、記憶にとどめられてゆきます。心に刻まれた過去の記憶は、将来への希望に人々を駆り立てます。

本年五月オバマ米大統領の広島訪問は、広島の地に様々な思いを与えました。広島の地でのスピーチは、「未来において広島と長崎は、核戦争の夜明けでなく、私たちの道義的な目覚めの地として知られることでしょう。」(時事通信社訳)としめくくられました。

この言葉は、一九八一年二月広島の地で聖ヨハネ・パウロ2世が宣言した「広島を考えることは、平和に対しての責任をとることです。この町の人々の苦しみを思い返すことは、人間への信頼の回復、人間の善の行為の能力、人間の正義に関する自由な選択、廃虚を新たな出発点に転換する人間の決意を信じることにつながります。」に連なります。

預言者が述べるように、たとえそれが悲惨なものであっても、過去の出来事が将来に向かって希望を与えるものと受け取っていきたいと思います。二度と同じ過ちを繰り返さないためにも。

キリスト教文化研究所客員教授 原田豊己神父

皆さまも報道でご存じのように、2016年9月4日、インドのコルカタで貧しい人たちを助ける活動に生涯をささげたカトリック修道女のマザー・テレサ(生没年1910-1997)の列聖式が、第266代教皇フランシスコ(在位:2013年3月13日 - )によってとり行われました。

その様子を、バチカン放送局は次のように報じています。

「バチカンの聖ペトロ広場には、マザー・テレサが創立した神の愛の宣教者会の関係者をはじめ、世界各国からおよそ12万人の巡礼者がつめかけ、いつくしみの聖年にふさわしい、マザーの列聖を共に喜び祝った。」

詳細はこちらをご覧ください。 ⇒バチカン放送局ニュース(2016年9月4日)

また、ミサのなかでフランシスコ教皇は、あらゆる人間の命を受け入れ、擁護することを通して、すべての人に神のいつくしみを示したマザー・テレサの生涯を振り返り、言語や、文化、民族、宗教の違いを超えた無償の愛と、その微笑に倣(なら)うよう、ボランティアの人々をはじめ、信者たちを励まされたといいます。


さて、マザー・テレサは本学にとてもゆかりの深い方です。


マザーは3度(1981年、82年、84年)日本を訪れています。このうち1984年に来学され、学生や教職員に対してご講話をいただきました。11月23日の夜のことです。

当日は、広島でのご講演、岡山カトリック教会での祈りの集いへのご出席と、さぞかしお疲れだったに違いありません。しかし、そのような素振りは全くなさらず、聴衆ににこやかに、しかし力強く、語りかけられました。

「苦しい時、物事がうまくゆかない時、絶望しそうな時も、神が愛していてくださることを忘れてはいけません。あなた方一人ひとりは、神にとって貴重(プレシャス)な存在なのです」


約10分間の講話は、本学の渡辺和子学長(現学園理事長)の通訳によって丁寧に伝えられました。

また、マザーは、この日、この場所に集えなかった学生たちのために、直筆のメッセージを残されました。

マザー・テレサの列聖に接して、貧困格差の拡大、情報化社会における孤独という現代社会が直面している課題を思い起こし、マザーの語りかけを改めて受けとめて行動する機会としたいと思います。


*カトリック教会における「列聖」については、かつて本ブログでお伝えしたことがあります。ご参照ください。

列聖について ⇒ キリスト教文化研究所ブログへ
マザー・テレサ列聖式の模様 ⇒ バチカンTV 2016/09/04(youtube)へ

キリスト教文化研究所

皆さま、すでにご存じのように、本学の名称・ノートルダム清心女子大学の「ノートルダム Notre Dame」はフランス語です。 Notre は「私たちの」、Dame は「貴い女性」を意味します。英語ならば Our Lady と表現されます。

イエス・キリストの母マリアを聖母として崇敬する習慣は、カトリック教会の特徴です。

さて、今回のブログでは、カトリックの教会暦(典礼暦ともいいます)から、8月15日の祝日について紹介したいと思います。

カトリック教会では8月15日を聖母マリアの日として特別にお祝いします。
なぜならば、聖母マリアは地上の生活を終え、死後3日して、霊魂(れいこん)も肉体もともに天に上げられた。この被昇天にあずかった日が8月15日であると信じられているからです。

ルーベンス 被昇天のマリア ベルギーアントウェルペン 聖母マリア大聖堂
なお、聖母の被昇天がカトリック教会で教義決定されたのは1950年で、教皇ピウス12世のときです。またここで留意しておくべきは、キリストの昇天には Ascension(英語) が用いられ、聖母マリアの昇天には  Assumption(英語)  を充てている点です。日本語ではキリストには昇天、すでに書いてきたように聖母マリアには被昇天の語を充てて区別しています。これは聖母マリアも人間、被造物であることを明確にしたものです。

ただし、聖書のなかに聖母マリアの最期の様子や、死後のマリアの体の状態について記した箇所はありません。それでもなお、聖母マリアへの崇敬と聖母マリアの被昇天をカトリック教会は認めています。

では『新カトリック大事典』4(研究社、2009年)の項目「ひしょうてん 被昇天」には、どのように書かれているでしょうか。

しかしながら、その内容はやや専門的であるようなので、私なりの理解を加えて要約するならば、次のようになります。

地上の生活の終わり、つまり死は悲しむべきことではありません。「救い」と「永遠の命への希望」につながっています。聖母マリアは人びとの歩みを励ます「希望の星」です。なぜならば、これらは聖母マリアが天に上げられたことによって実現されているからです。被昇天こそは、神から聖母マリアを通して私たちに与えられたメッセージです。

ところで、1945年(昭和20)8月15日正午、日本では昭和天皇による終戦の詔書がラジオ放送(玉音放送)で流されて、ポツダム宣言の受諾が国民に対して伝えられました。このことから、8月15日には「全国戦没者追悼式」が行われています(もっともこれは1963年以降のことです)。

また日本のポツダム宣言受諾によって、朝鮮・台湾は日本の統治から解放されました。そのため、大韓民国や朝鮮民主主義人民共和国、台湾では、光復節(こうふくせつ)が祝われます。

8月15日は、さまざまな意味をもった日であるわけです。

この日に何に思いをめぐらすのか。何を祈るのか。

一人ひとりの選択は自由です。

しかしこれまでの経緯から、戦争というあやまちを繰り返さないために、唯一の被爆国日本に暮らす私たちは「平和の実現」とその希望を、8月15日に聖母マリアに祈ることができるのではないでしょうか。

(文責 キリスト教文化研究所所員 藤實久美子)

6月23日(木)の昼休み、12時20分から12時40分まで、ハンドベル・ミニコンサートが開催されました。
ハンドベル部の練習成果を披露する中間発表会です。
緊張の面持ちの中にも、一生懸命さが伝わる素敵な演奏でした。

ハンドベル部演奏風景演奏は3曲。
「風になる」、「空も飛べるはず」と続き、最後は熊本地震の被災地の方々、九州地区からの学生たちのためにミスターチルドレンの「GIFT」が奏でられました。

今回は、熊本地震被災地支援の募金ボランティアとの、コラボレーション企画となったため、演奏終了後、ボランティアの学生たちが募金の呼びかけを行いました。

ハンドベル部からのエールを胸に、力強く呼びかけました。


昼休みの短い時間にもかかわらず、学生や教職員から温かい義援金が集まりました。
この場を借りて、お礼申し上げます。


震災直後に比べ、被災地に対する人々の関心が薄れつつあるなか、
ノートルダム清心女子大学では、このような小さな取り組みを継続して行っています。
これからもご支援・ご協力よろしくお願いいたします。

なお、集まった義援金は全額「カトリック福岡司教区(熊本地震支援金)」に送金する予定です。