2017年3月14日(火)10時から、本学記念館にて、「大学院第21回学位記授与式及び学部第65回卒業証書・学位記授与式」が挙行されました。
卒業生たちは、先日のフッド授与式にて完成したアカデミック・ドレスをまとい、ピアノ伴奏に合わせてグース・ステップで入場しました。

卒業生入場

今年は大学院博士前期課程・修士課程5名が修士の学位記を、学部生573名が学士の学位記と卒業証書を授与されました。
本学では髙木孝子学長から卒業生一人一人に卒業証書と学位記が手渡されます。卒業生たちは「ありがとうございます」と応え、学士になった証として、キャップの房を右から左へと移動させました。

卒業証書・学位記授与

式典終了後、学内ではあちらこちらで卒業を喜び祝う姿、また恩師や友人たちとの別れを惜しむ光景が見られました。

式典終了後の様子1
式典終了後の様子2
式典終了後の様子3

卒業生の皆さん、おめでとうございます。皆さんの未来が希望に満ちたものであることを願っています。

3月3日(金)に本学記念館にてノートルダムデーが行われました。
ノートルダムデーは、卒業式前の3月3日に行われる行事で、この日から卒業式までの日を大学で過ごした4年間を振り返る時期と位置づけ、この日を卒業式への準備を始める日としています。
ノートルダムデーでの学長講演の様子


そして、2017年3月8日(水)本学記念館にて大学院第21回・学部第65回フッド授与式が、雨宮慧神父による司式のもと執り行われました。
フッド授与式は、学生が社会に出る決意を固めるとともに、神から祝福を受ける式で、感謝のミサの形式で行われます。当日は晴天となり、空は青く鮮やかに映え、式に臨む学生たちの表情は凛としていました。
学生候補生の皆さんは、ノートルダムデーから約1週間、大学生活を振り返り、学んだことを生かしていくことができるように内省し、このフッド授与式に臨むことができたのではないでしょうか。

フッドを手に休場する候補生と先導
ミサの様子

修士・学士候補生は祈りを捧げ、フッドを着用することでアカデミック・ドレスを完成させます。完成されたアカデミック・ドレスは、それぞれの学位を得たことを象徴しています。
祈りを捧げ、フッドを着用します

閉式後は、雨宮神父より「人が歩むべき道」と題し、講演を賜りました。
これからの人生を歩んでいく上での、指針となることを祈ります。

卒業関連行事も、残すところ3月14日(火)の卒業証書・学位記授与式のみとなりました。


2017年
03月12日

イースター(復活祭)

4月16日はイースター、キリストの復活を祝うお祭り(復活祭)の日です。キリストの誕生を祝うクリスマスとならんでキリスト教最大のお祭りですが、日本ではクリスマスほど知られていないかもしれません。


クリスマスは12月25日。しかし、これはイエス・キリストの誕生日ではなく、一年のうち、太陽の力が最も弱く、したがって、夜(=闇)の支配が最も強い冬至の季節に、光の救世主の誕生を祝う祭を配置したものです。一方、イースターは生命が躍動する春の到来に合わせて、新たな生命の復活を祝う祭を配置したもの。ただ、クリスマスが日付固定であるのに対して、イースターは祝祭日が毎年移動する移動祝日になっています。「春分の日の後、最初の満月の日の次の日曜日」という、ちょっとややこしい計算の仕方で、今年は4月16日がこれにあたります。ちなみに、2016年の場合は3月27日がイースターでした。

ところで、聖書によれば、イエスは十字架に付けられ、死んで墓に葬られたのち、3日目(正確には、足掛け3日)によみがえったとされています。その復活の様子は他の福音書には記されていますが、不思議なことに、最古の福音書である『マルコによる福音書』には、ただイエスの復活が「暗示」されているだけで、具体的な復活の様子は一切、記されていません(16章9節以下は後世の加筆)。「暗示」はされているわけですから、マルコは復活に関する物語を間違いなく知っていたはずなのに、なぜ彼はそれを記さなかったのか、これはマルコのミステリーとされています。途中で急死してしまったのではないかとか(マルコ急死説)、書いたのだけれども、最後の部分が消失してしまったのではないかとか(文書紛失説)、さまざまな憶測がありますが、確かなことは分かりません。しかし、「あえて書かない」ということがマルコのメッセージだったのではないか、という考え方もあります。つまり、『マルコによる福音書』は、「イエスはここ(エルサレムの墓場)にはいない。ガリラヤで会えるだろう」という復活の暗示で終わっているのですが、これは読者である私たちに対して向けられたメッセージであって、「イエスは墓場のような享楽の都(エルサレム)にはいない。あなたがた一人ひとりが苦難の中で、すなわち、『自分にとってのガリラヤ』で復活のイエスと出会いなさい」、マルコはそう伝えたかったのではないか、というのです。そう考えてみれば、イースターは春の到来を祝う祭であるとともに、いや、それ以上に、イエスと自分との出会いに思いを馳せ、その意味を噛みしめる日だと言えるでしょう。

ガリラヤ湖畔ガリラヤ湖畔

最後にクリスチャンでも知らないトリビアを1つ。「イースター」という名前の由来は何かご存知ですか?「ウーン」と首をかしげた人は、正直な人。正解は「不明」だからです。異教の春の女神 Eostre に由来するという説もありますが、ホントのところはよく分かっていません。これまたミステリー。どなたか有力な説を知っていたら、ぜひ教えてください。




キリスト教文化研究所 所員・人間生活学科教授  葛生栄二郎

 

キリスト教文化研究所
葛生栄二郎

2016年度ノートルダム清心女子大学同窓会奨励賞が次のとおり決定しました。

この賞は、本学の学生が学術・文化・スポーツ・社会活動等で大学の栄誉を高め、その向上発展に寄与した場合、その労をねぎらうために授与されるものです。
受賞された皆さん、おめでとうございます。

 【団体の部】

   ・バスケットボール部
   ・卓球部
   ・筝曲部
   ・「あさくち未来デッサン」審査サポーター(濱西ゼミ)※紹介記事

 【個人の部】

   ・現代社会学科4年 楢崎由麻(陸上競技部)

 

同窓会奨励賞授与式は、3月3日(金)に、ルルド館(同窓会館)で行われる予定です。

学生生活
クラブ・サークル

今年のクリスマスは、いかがお過ごしでしたでしょうか。

クリスマスというイエス・キリストの降誕のお祝いは、神さまが人間の姿をもってこの世に生まれて下さったという、大変大きな神秘を私たちに感じさせてくれます。


幼子イエス様幼子イエス様


そのイエス・キリストの生誕を記念して、本学では毎年12月23日に、キリスト教文化研究所主催によるクリスマス・ミサ(礼拝)と、児童学科音楽研究室によるクリスマス・ファミリーコンサートを行い、お祝いしています。
どなたでも参加できますので、毎年クリスマスが近づきましたら、本学のクリスマス・ミサを思い起こして下さり、どうぞ皆さん、ご家族であるいは知人を誘い合ってご参加下さい。

さて、今年の本学のクリスマス・ミサについて、どのように行われたかをお知らせしつつ、みなさまとクリスマスの意味を味わいたいと思います。

ハンドベル部による「ああ、ベツレヘムよ」の演奏が鳴り響いたのち、ミサは、入祭の歌「しずけき」(冒頭の歌詞は「しずけき まよなか/まずし うまや」)とともに、司祭(カトリック教会の神父)と侍者が入場して、始まります。



演奏するハンドベル部演奏するハンドベル部

ミサはカトリック教会の神父の司式によって捧げられます。侍者はミサを支える役目で、本学の教員と学生とで行いました。数日前に卒業論文を提出し終えたばかりの4年生が、感謝の思いをこめて侍者の役目を担いました。侍者はひとりひとりがろうそくの光をもち、白い侍者服を着て登場します。今年は、そのろうそくの燭台には、本学の聖堂で古くから使われていた伝統のある燭台が、しっかりと磨かれて使用されました。

ミサをあげる神父様とミサを支える侍者たちミサをあげる神父様とミサを支える侍者たち

ロウソクを点した燭台を手に入場する侍者の学生たち

ロウソクを点した燭台を手に入場する侍者の学生たち

 

参加者にはミサの式次第が配られ、それにしたがって進められます。参加者は、その式次第にそって司祭と対話するように、「会衆」と書かれた言葉を読み上げたり、歌を歌ったりします。なかには、本学児童学科音楽研究室の学生たちによるラテン語の聖歌が歌われる場面もあります。そうしたなかに、司祭(神父)の説教があり、クリスマスの意味をかみしめる祈りへといざなってくれます。

 

参加者に配られる式次第

聖歌を歌う児童学科音楽研究室の学生たち

聖歌を歌う児童学科音楽研究室の学生たち


説教のお話には、神さまがわたしたちの救い主となってこの世に生まれて下さったことで、苦しみにも意味が見出せるし、許すことが苦手な人間も人を愛することができる、そしてわたしたちは生まれて良かったという思いを抱くことができるというメッセージがありました。



どうしてクリスマスというイエスの降誕から、そうした思いに導かれることができるのでしょうか。イエス・キリストの誕生は、皆さんもご存知のように、母マリアは、寒いなか馬小屋で出産し、赤ん坊のイエスさまを飼い葉桶に寝かせたと言われています。これは、「新約聖書」のなかの「ルカによる福音書」2章1~14節に書かれており、ミサでも朗読されました。イエスさまは、最もみじめな場所で生まれ、その後も、裏切られて孤独のまま十字架上で死に至るまで、人としてこれ以上ないような苦しみを味わった人生を経ながら、人々に愛の心を広め、どんな人生にも深い意味があることを教えて下さいました。わたしたちがそうした思いをつかむことで、あらゆる逆境を乗り越え愛の心をもち続けられるように、イエスさまの誕生は、神さまが人類に分け隔てなく注いだ最大の愛を象徴しているのだと思われます。



そのようなクリスマスでの思いをうけて、司祭の説教のあとには、渡辺和子理事長、髙木孝子学長、本学教員、本学学生の4名がそれぞれの思いで祈りの言葉を唱えました。


その後、ミサのメインとなる聖体拝領(カトリック信者がキリストの体としてのパンをいただくこと)の際には、全員にクリスマスカードが侍者によって配られました。



こうして約一時間を経て、ミサの閉祭には、「あめのみつかいの」が歌われました。その歌のメロディーとともに、私たちがクリスマス・ミサのなかで赤ん坊のイエスさまからいただいた愛と平和の心を、今度は生活の場で周りのひとびとに届ける使者となれるように願われる思いでした。



キリスト教文化研究所 所員 ・日本語日本文学科 教授 山根知子



キリスト教文化研究所
児童学科音楽研究室 クリスマスミサコンサート